月舘町勢要覧 -009/026page
小手郷と呼ばれ、養蚕機織の発祥の地と知 られた伊達郡南部。中世には、早くから土豪を 中心とした集落があり、現在の市街地周辺は、 広瀬川をはさんで相対する東西の山上に、月 見館と殿上館がおかれていました。中世から近 世にかけて、この地は東西南北の交通路線が交 差する要衝となっており、古来から絹の行き交 う造の中心として、大きな役割を果たしてき たのです。
●女神山
町の西部に連なる七つの尾根、七ツ森の南端 に位置する女神山は、標高五九九mの美しい 山で、養蚕機織の祖、小手姫の伝説が伝わる聖 なる山として信仰を集めています。
●岳林寺十六羅漢
元亀三年(一五七二年) 開山の曹洞宗の名刺東照山岳林寺の山門に、 石造の十六羅漢があります。数百年もの間、 周囲の老松に守られてきたもので、天明年間 (一七八〇年代)の作と伝えられています。
●薬師如来像
薬師寺は、文治五年(二八九年)源頼朝の 奥州進出に先立つ内紛で死んだ、平泉藤原忠 衡の妻小笹が、亡き夫の寅福を祈るために薬 師如来像を奉納し、信仰生活に入ったとされ る寺です。蓮の台座に立つ四〇cmあまりの薬師 如来像は、本町では最古の仏像です。
●侍墓地と天平陣屋跡
藩政時代、九州三池藩より移封されて陣屋 を開き、下手渡藩一方石を治めた立花氏の菩 提寺・耕雲寺の境内にある立花種周・種善・種 温三代の墓石と墓標。二代藩主種温は、天保 の飢饉でも領内から餓死者を出さず、名君と 慕われました。また、当時の陣屋は、戊辰戦争 で焼き払われてしまいましたが、のちに懐古 之碑が建てられました。
●下神山磨崖仏
町を東西に走る布川のほとり、不動堂脇の 岩肌に三十四体の観音像が刻まれでいます。 半肉彫りの観音像は、台座に彫られた蓮華な どの細工や享保 八年葵卯の年号 がかすかに読みと れますが、作者は 明らかではあり ません。