「ふるさとの小径を行く」 -131/168page
のもあるので江戸時代から信仰されていたようです。
境内の一隅に「風引地蔵」が建っています。もとは、作ノ内に通じる岐路の傍らにありましたが、道路改修により現在地に移されました。一見、供養塔のように見えます。言い伝えによると、地蔵の尊体は、土中に埋没し、その代わりのものとのことです。当地蔵建立のいわれとして、田植の中で子どもを亡くした母親の悲しい話(月舘町伝承民話集)が伝わっています。子どもが風邪を引いたときに当地蔵を「スガイ」で縛って全快を祈ると霊験あらたかとのことで近隣の信仰を集め、現在でもなわがみられます。
勘四郎地蔵
国道沿い、延田に通じる喜世田橋の反対側の山腹に立つ石仏が勘四郎地蔵です。一人の娘をめぐって人を殺し、また、その弟に仇討された勘四郎を悼み、その霊を慰めるために村人が建てたものです。
今は頭部を失って風化した胴体だけになって草むらに埋れていますが、土地の人たちはこのあたりを勘四郎地蔵と呼び、昔を今に伝えています。
現在は舗装された国道が下を通っていますが、かつては地蔵のすぐ足もとを通る小径が村の主要道路であったといわれます。そして、ここは糠田方面へ通じる道の分岐点でもありました。糠田方面への山道を登ると、勘四郎を殺した人のひそんでいたといわれる山の神を祀った社があります。松や杉の木立が茂り淋しいところですが、昔の道路の有様をしのばせてくれます。