わたしたちの郡山市-012/068page
水を手に入れるために
水道が今のようになるまでにいろんなことがあったんだね。
「むかしは,水が足りなくてこまっていたということを聞いたことがあるよ。」と,清くんがいいました。すると,あき子さんも,
「おじいさんが,むかしは近くの池から水をひいたり,いどをほったりしていたといっていたわ。」と,いいました。
みんなは,水道が今のようになるまでのことを調べることにしました。
1720年ごろ 水がたりなくて近くの皿沼から水を引いた。 1882年 安積疎水ができた。 (明治15年) 1889年 多田野から水道を引いた。 (明治22年) 1912年 じょう水池(今の豊田じょう水場)がかんせいした。 (明治45年) 1924年 郡山市になった。 (大正3年) **この後水道はどんどん広がっていった。** 1947年 戦争によりこわれたりしたしせつをしゆう理しはじめる。 (昭和21年) **水がたくさん使われ,たりなくなってきた。** 1971年 堀ロじょう水場ができた。 (昭和46年) 1973年 熱海じょう水場ができた。 (昭和48年) 1991年 新しいちょうしゃがかんせいした。 (平成3年) 1998年 あらい荒井じょう水場ができた。 (平成10年)
明治時代に水を引くために使われた木管
郡山水道局の新しい建物