てんえいむら見て歩き トラベルブック -033/064page
民話 3 羽鳥
怪談 母子やなぎ
羽鳥湖畔(はん)の馬鹿(ばか)つき坂のところから、 ひじりヶ岩に通ずる道を約一キロ、右側 のくぼ地に一風変わった柳がある。かた わらの山小屋に、下白子の七男(ななお)(仮名) が、昭和38年に泊ったとき、毎夜、 幽霊に悩まされた因縁ばなしをお伝えし たい。
七男が薪(まき)の仕事でこの小屋を宿にした 夜の十時頃、誰やら柳の下に忍びより 「早くおいで」と呼んでる様子。相手は 幼い子供らしく、すすり泣き泣きひそひ そばなし。
七男はハッと驚き、声するあたりを覗 いて見たが、話声(はなしごえ)は急に止み、人影どこ ろか何一つとして見当たらず、森閑(しんかん)とし て風もないのに柳の枝がふわりふわりと 動いている。七男は毎夜同じような出来 事に、ただならぬ不思議を感じ、いった ん山をおりて、それとなく様子をさぐっ てみたところ、なんと、次のような奇怪(きかい) な事件を知った。
会津生まれの若夫婦が六歳の男の子を 間に、この地に炭焼き暮らしを立てたの が明治の初め頃。美ぼうの妻オタキは、 稀に見る働き者であったが、一面、燃え て一途(いちず)なところもある女。
ある日、オタキは馬鹿つき坂のところ で偶然、眉目秀麗(びもくしゅうれい)な貴公子、京の人に温 泉道を尋ねられ、一瞬オタキの心には異 様に波打つものがあった。その後のこと である。彼女の行方(ゆくえ)は杳(よう)として知れず、 京にのぼったとのうわさも立った。妻想 いの夫は山中での事故死と思い込み、悲 観のあまり気が狂い、子を炭ガマの中に 入れて焼き殺し、自分も谷間へ身を投げ 後を追った。七男が泊まった山小屋は、 この凶行(きょうこう)のあった炭ガマの跡地に建てら れたものであったという。
心ひかれて京に走ったというオタキも 所詮(しょせん)は人の母、ざんげといとしさに、彼 女の霊が舞い戻り、毎夜「子」の焼死の 時刻に訪ねきて、何十年も吾子を悼(いた)みつ づけていたのであろう。
七男は白子の菩提(ぼだい)寺吉祥院(きっしょういん)に金子(きんす)と 米・、酒などをもち、お布施(ふせ)・引導(いんどう)を乞い、 ねんごろに供養した。
七男は再びこの山小屋に戻り、泊りな がら仕事を続けていたが、その後は全く 不思議なことが少しもおこらず、彼らの 迷いの霊も、これで、天国とやらで成彿(じょうぶつ) したに相違ない。稿者 石井寅之助
「天栄村の民話と伝説から」