表郷村要覧 -002/008page
ごあいさつ
表郷村は、東西に貫流する社川を中心に拓かれた気候さわやかな郷であり、美しい自然の中で先人が育んできた永い歴史と文化 あふれるかけがいのないふるさとであります。
この愛すべきふるさと表郷を、さらに美しく住みよい村にして後世に引き継ぐため定められた村民憲章を肝に銘じ、夢と希望の 持てる新しい村づくりのため、村民との対話を基本姿勢に教育環境の充実、住民福祉の向上、生産及び生活環境の充実に努め、 潤いと活力のある地域づくり、快適で豊かな生活の実現に情熱と誠意をもって取り組んでおります。
ここに村の概要を紹介し、皆様のご協力とご指導をお願い申し上げ発刊の言葉といたします。
表郷村長 小林貞夫
村民憲章
美しい自然に恵まれた表郷村を、さらに美しく住みよい村にし、後世に引き継ぐことは私たちのつとめです。
このため、村民として、望ましい生活のあり方を明らかにし、村を良くするための誓いとして、村民憲章を定めます。
一、恵まれた自然を愛し、きれいな村をつくりましょう。
一、心と体をきたえ、明るい村をつくりましょう。
一、きまりを守り、住みよい村をつくりましょう。
一、教養を高め、文化の村をつくりましょう。
一、楽しく働き、豊かな村をつくりましょう。
沿革
本村の生成を歴史的に見ると、古関・金山・社の三村が、昭和30年2月1日町村合併促進法に基づき合併、表郷村として 発足して今日に至っている。
三村の生成は、太政官制の発令(明治16年)と共に金山村ほか13ケ村が金山村竹ノ内に置かれた戸長役場の所属となり、 明治22年町村制発令により、金山・古関・社の三村になった。
旧村名の歴史的起源「金山」については、黄金川の上流に金鉱山があり(天正7年から慶長7年の間)続日本後記によると遣唐使 派遣費用の黄金はこの地より出たといわれ、古くから金山郷と呼ばれたことによる。「古関」については陸奥の初めての関所・ 白河関所があって、軍旅及び貴人が通過しあるいは居住したことにより古関郷と称されたことによる。また「社」については、 源義家が東征の途次、戦勝を祈願して八幡神社を建立し、のちに屋代(社)郷となったことによる。
このように、本村の生成過程を見ると、往時より経済、文化の交流の拠点であり文字通り奥羽の玄関口として、極めて 重要な位置であったことがわかる。
古来より民情風俗もちがうところがなく、いつしかこれら三郷を世人は表郷というようになり、ここに時代の要請により 新しい村として誕生することになった。