喜多方市勢要覧 -005/026page

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The Roman of Kitakata

 「みちのくの蔵のまち」とし てその名を知られ、心の 憩いを求める旅人たちが 集う喜多方。表通りはいうまでも なく、路地裏にも建ち並ぶ蔵屋敷 は、各地から訪れる多くの人々の 目をみはらせる。

 市内にある蔵の数は、おおよそ 2千6百棟以上といわれる。人口 3万7千のまちに、このような多 くの蔵が造られたきっかけのひと つは、明治13年に起きた大火だ った。現在の喜多方市の中心部(当 時は小荒井村)の表通りにある1 軒の店から出た火は、瞬く間に燃 えひろがり、約3百棟が灰燼(かいじん)と帰 した。失意に沈む村人たちの目に 映ったのは、1面の焼け野原の中にくすぶりながらも残った蔵の姿であった。 そのためか、普通は倉庫として用いられる蔵が、 喜多方では住居(蔵座敷)、店舗 (店蔵)、工場、醸造場、寺院など、 その形態は、人々の暮らしと深く 結びついている。

 以前は、40代までに蔵を建て られないのは恥とまで言われたよ うに、喜多方の男たちにとって、 蔵は夢と誇りの対象であった。1 つの蔵を完成させるのに10年間の 歳月を費やしたものもあり、自然 とその技法も向上し、趣向の凝り ようも競い合われた。

 喜多方の蔵座敷として代表的な 存在である上町・甲斐本家は、欅を はじめ紫檀・黒檀などの銘木をふ んだんに使い、外壁も烏城(うじょう)≠ニ称 されるように、白漆喰に比べてはるかに工費のか かる黒漆喰で仕上げ、大正6年 から7年間の歳 月をかけ、現在 の金額にして5億円以上という 膨大な費用を投じて建てられた。喜多方の蔵の大 きな特徴は、その種類と用途の多 様さにある。最もポピュラーな白 壁土蔵、豪奢な蔵座敷、ひなびた 味の粗壁、砂壁。国道121号線 を北へ向かえば、緑あふれる三津 谷地区に、レンガ壁の歳が並ぶ。 さらに進むと、杉山地区には豪壮 な農家蔵が美しさを競う。そのひ とつひとつが人々の生活の場であ り、それぞれの趣を見せている。

 近年、喜多方には、蔵を訪ねて やってくる観光客の姿も多い。雪 深い山あいのまちで、静かに暮ら しを営んできた喜多方のまちびと たちは、各地から訪れる旅人たち を心暖かく迎え入れてきた。しか し、喜多方の蔵は、決して観光が 目的で建てられたものではなく、 今も喜多方の人々の暮らしを支え る大切な生活の場となっている。

 蔵の所有者有志により「蔵の会」 が発足。今後、蔵の保存と活用を 継承し、蔵の伝統文化を守り続け ようとする気運が高まっている。

蔵 1

蔵 2

蔵 3


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