山都町勢要覧 -008/022page
凛とした伝統文化が息づく【歴史】
史跡や文化財に古之人(いにしえのひと)の信仰とロマンの名残り
○飯豊山神社(一ノ木)
○旧一ノ戸村制札場(一ノ木)
○梵鐘(寺内・泉福寺) 飯豊信仰の里 山都には、長い歴史と重厚な文化があります。現存する数多くの文化財がそれらを物語っています。
一ノ木飯豊山神社の拝殿に安置されている県重要文化財の「銅造五大虚空蔵菩薩坐像」は五社権現の本位仏として知られています。肩部と膝部が分解できる大変珍しいもので、鎌倉時代の作風を今に伝えるものです。
同じく県の重要文化財に指定されているものに、平安末期の作と思われる「木造大日如来坐像」や、南北朝時代(1362年)道円によって作られたものと考えられる「十一面観世音菩薩坐像」があります。
「青面金剛」は、いつ誰の手によって建立されたものかは分かりませんが、帝釈天の使者といわれているもの。体は青く、怒った表情で足元には鬼を踏んでいるこの像は、第一の手には法輪と剣、第二の手には弓と矢を持ち、第三の手は合掌しています。
そのほかにも、第二次世界大戦中軍への供出を免れた、天明2年(1782年)鋳造の「梵鐘」や天文4年(1739年)に作られた高さ155cmの立派な「宝塔」、会津地方に残る唯一の制礼場「旧一ノ戸村制札場」などがあります。
舘原にひっそりと佇む「道標」からは、当時の様子が偲ばれ、最明寺にある、樹幹のところで仲よくつなぎあつた「夫婦松」からは不思議な風情が伝わってきます。
毎年8月24〜25日には、古式ゆかしい「宗像神社」の祭礼が行われます。みこしを先頭に練り歩く行列には伝統の重みが感じられます。
山都はまた、「愛なき人生は暗黒なり、汗なき社会は堕落なり」を掲げ修養団を創設した社会教育家「蓮沼門三先生」や三島通庸の圧政に対し、断固戦い抜いた「三浦文次」等の人材を生んだ地でもあります。 ○銅造五大虚空蔵尊菩薩坐像(一ノ木・飯豊山神社)
○宗像神社・伊豆神社の祭礼(8月24〜25日)