高郷村勢要覧 -033-34/035page

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

[学名]Dusisiren takasatensis ドシシーレン・タカサテンシス
[和名]アイヅタカサトカイギュウ

アイヅタカサトカイギュウ

ステラーカイギュウ標本模型(製作寸法2分1)
ステラーカイギュウ標本模型

高郷村郷土資料館第一展示室
高郷村郷土資料館第一展示室

進化の謎を秘めた貴重な化石。
カイギュウ化石が産出したのは、クジラ化石と同じ塩坪層の上部の砂岩からです。

 ほぼ五メートル四方から頭骨、橈尺骨、肩甲骨などがまとまって掘りだされました。おそらく、同じ一個体のカイギュウのものと思われます。
 わが国は、欧米に比べ、発見・発掘されているカイギュウ化石は少なく、その産地はまだ10数ケ所です。
 しかし、今回高郷から発見された化石には、頭骨など、種類を決定する上で重要な部分も含まれています。ですから、アイヅタカサトカイギュウは、日本のカイギュウの進化の謎を解いたり、欧米のカイギュウと比べる上でも大変貴重な化石です。
伝説の『人魚』のモデルたち。
カイギュウ(現存するカイギュウは、ジュゴン、マナテイーのみ)は、クジラと同様、一生水中で生活する哺乳動物です。

 アシカやトドのように休息や出産などのため、陸に上がることはありません。ですから、水中生活に適するように、体にさまざまな特徴がみられます。
 体は、やや太めの流線形で、前ひれが一対、尾ひれはクジラのような半月状か(ジュゴン)、扇のように後方に突き出ています(マナテイー)。乳首はゾウや人のように胸、つまり、前ひれの付け根に一対あります。
伝説の『人魚』は、このカイギュウ(ジュゴン、マナテイー)の姿を、モデルにして生まれたといわれています。
 特に頭の部分の特徴をあげると、鼻の穴が、呼吸しやすくするため、頭の前方で、上を向いています。また、上あごの前の部分が、くちばしのように突きでて、口は、やや下を向いています。高郷で見つかった頭の化石も、まさにこの特徴をもっています。そのような口とそのまわりのくちびるを使って、カイギュウは、浅い海や川の底、岸にはえる草や水面に浮いている植物を食べています。
 また、カイギュウは、クジラと違って、微密で、重い骨をもっていることも特徴です。
太平洋にドシシーレンが出現。
カイギュウの進化史を、振り返ってみましよう。

 カイギュウの最吉の化石は、始新世の地層(ジャマイカ)から見つかっています。すでに水に適した体になっているので、先祖のカイギュウはもっと古いものと思われます。
 ゾウの仲間とは、歯のはえ方が水平交換という、共通の特徴があるため、互の祖先は同じ動物だったと考える人もいます。
 そして、漸新世には、ヨーロッパ、大西洋を中心にハリセリウムのなかまが栄えていました。ハリセリウムは、くちばしのように突きでた上アゴが下へ曲り、上の前歯が牙のようにはえていました。
 一方、太平洋では、中新世(塩坪層など)になると、ドシシーレンという新しいタイプのカイギュウが出現・生活していました。
 このドシシーレンについては、あとで詳しく述べますが、太平洋だけに生息し、独特な進化を遂げ、その子孫は、人間によって捕り尽くされてしまったカイギュウです。
 そして、現在、生存しているカイギュウは、マナテイーとジュゴンのみになったわけです。
 マナテイーは、体長約3メートル、アフリカ西海岸の海と川、アマゾン川、フロリダ沿岸の海とそれに注ぐ川に棲んでいます。一方、ジュゴンは、体長約3.5メートル、インド洋から酉太平洋沿岸の海に棲んでいます。
 このように、いずれも暖かく、浅い海や川に棲み海草を食べています。たいへんおとなしく、攻撃的なところがない動物で、人の手によって保護されなければ、数がどんどん減ってしまうといわれ、現在、国際保護動物となっています。
北の海にステラーカイギュウ。
ところで、もう一種類のカイギュウ・ステラーカイギュウが1768年まで、北の海・ベーリング海に棲んでいましたが、1741年にベーリング隊長が率いる探検隊によって発見されました。

 ベーリングたちの船が壊れて遭難し、飢餓に苦しみ、壊血病にかかり、やっとたどりついた小さな島の海辺に、ステラーカイギュウは、人の怖さを知らずに、二千頭ほどがひっそりと生きていたのです。
 そのステラーカイギュウが、ベーリング隊員を飢餓と病気から救い、ベーリング自身は命を落したものの、多くの乗組員は本国へ帰ることができたのでした。
 ベーリング探検隊の命を救った「ステラーカイギュウの話」を聞いた、毛皮用ラッコ捕りの猟師たちは、早速、ステラーカイギュウを食糧として、捕獲し始めました。その狩猟からステラーカイギュウを守るため、政府に保護を訴えた鉱山師のヤコブレフの声も無視しながら、冬でも捕り続けます。そして、発見からわずか27年後、1768年にはステラーカイギュウは皆殺しにされ、絶滅しました。
 ステラーカイギュウは、ベーリング海に繁茂していた昆布をたくさん食べて、7メートルの大きな体になったといわれます。しかし、ジュゴンやマナテイーと異なり、歯がまったくありません。体の大きさに比べ頭が小さいことも特徴です。
 高郷資料館には、今はなき、このステラーカイギュウの1/2サイズの標本模形を展示しています。
『タカサト』に歯の入っていた穴。
このステラーカイギュウなどを含む、オオカイギュウの進化史について、アメリカ・ハワード大学の世界的なカイギュウ研究者・ドムニング博士は、化石の調査から「このステラーカイギュウの先祖は、何百万年の大昔には立派な歯があった」ことを明らかにしています。
地球が誕生して45億年。この水と緑の惑星は、数千億羽の野鳥のさえずりに包まれた、生命の楽園です。35億年前に海中で育まれたとされる生命が陸地に姿を見せるのは4億年前。藻の仲間を追うようにして、さかなが上陸したのは3億年前とか。
その後、世界の尾根ヒマラヤなど巨大な山脈が大陸どうしの衝突によって隆起。アンモナイトや恐竜物語は今から6,500万年前、それらが地球上から姿を消し、やがて哺乳類時代を迎えます。
高郷村の大地には、その後の日本列島誕生にまつわる驚異と感動に満ちた大異変のストーリーが刻まれています。たとえば、貝の化石の宝庫・阿賀川の川床で発掘され、アイヅタカサトカイギュウと命名された、800万年前の太古の海の化石。「進化論」という偉大な思想を育んだ生命の英知が秘められているようです。
グリーンタフの貝殻まじり層は高郷村の宝物です。

 この歯があったカイギュウこそ、前に述べた太平洋(高郷村域を含む)を中心に生息していた、ドシシーレンであるといいます。
 実は、今回発見された高郷のカイギュウ(和名:アイヅタカサトカイギュウ)は、歯の入っていた穴(歯槽)が、上あごの歯遭突起という骨に残っています。
 ですから、アイヅタカサトカイギュウは、ステラーカイギュウたち(オオカイギュウ)の先祖にあたる、ドシシーレンのなかまになるわけです。
歯が退化した新しいタイプ。
そこで、アイヅタカサトカイギュウの特徴を詳しく見ることにしましょう。

 特に、歯のついている骨(歯槽突起)を中心に、詳しく調べると、
※歯槽が小さく、
※歯槽の並びかたが前後方向であること。
※歯のつく骨(歯槽突起)の幅が狭いこと。
※歯のつく骨の形が、歯がなくなったステラーカイギュウ(オオカイギュウのなかま)のものに似ていること。 などがわかります。  つまり、歯のある他のドシシーレンのうちでも、歯がさらに退化した、新しいタイプのものであることが分かりました。
福島県の天然記念物に。
 そのようなアイヅタカサトカイギュウの特徴が、1995年アメリカ(シカゴ)にあるSociety Of Vertebrate Paleontology (古脊椎動物学会)に発表された結果、アイヅタカサトカギュウは、学名が『Dusisiren takasatensis』といい、歯のあったドシシーレンが、やがて歯のないオオカイギュウにいたる進化の中で、歯がなくなる直前の、新種のカイギュウとして認められました。

 アイヅタカサトカイギュウは、頭骨化石の長さから、体長が約3.7メートルと推定されています。
 このように、アイヅタカサトカイギュウは、大変保存の良い頭の化石を含むばかりでなく、日本のカイギュウの進化史を知る上でも貴重なものであることから、1997年福島県天然記念物に指定されました。
会津化石研究グループ著「高郷の地質と化石」から抜粋-高郷村郷土資料館で頒布。村制作ビデオも鑑賞できます。

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

掲載情報の著作権は高郷村に帰属します。
高郷村の許諾を受けて福島県教育委員会が加工・掲載しています。