わたしたちの郷土 湯川村 - 101/106page
6 これからの湯川村
(1)これからの湯川村
わたしたちの湯川村は、会津盆地の中央部にあって、会津の米どころとして発展してきました。会津は「ほとけの都」といわれました。いまでも東北を代表する勝常寺には、国宝の仏像をはじめ、すぐれた木造彫刻(もくぞうちょうこく)として価値のある仏像がたくさん集まっています。集落ごとにお寺があって、信仰が盛んで人びとはいろいろなことを学び、この地域の文化も栄えてきたと言われます。
村の南がわは会津若松市と接し、東部には鉄道の磐越西線が通っています。また村内には国道49号線が東西に、国道121号線が南北に通っていて交通の便利な村です。さらに、西のさかいには阿賀川、北のさかいには日橋川が流れていて水も豊富です。
湯川村の田園地帯は、肥(こ)えた土とよく引かれた水と恵まれた気候のおかげで、大変おいしいお米がとれます。湯川村では、米のほかに野菜づくりや花づくり、和牛やにわとりのし育もさかんです。また、工業団地では生産工場もでき住宅団地には新しい家が建っています。
湯川村は、「米と文化の里」を目標にかかげています。これからの湯川村は地域のすぐれたところを生かして、うまい米づくりをはじめ、豊かな生産活動にはげんでいきます。
また、交通の便利さや大切な文化遺産(いさん)のよさを生かすことができるように、都市なみに便利で、住みよい村づくりを進めていきます。
いま村では、子どもも青年もお年よりも、一人ひとりが豊かで夢のある生活ができるように村づくりの計画を立てて歩みはじめています。
この村で育っていく私たちも、みんな元気で楽しく過し、よく考え、いろんな場面で協力し合い、努力して行きましょう。