鮭立磨崖仏 - 124/135page
― 鬼子母神(きしもじん)
もとは幼児をとって食う恐ろしい鬼女でしたが、お釈迦さまにさとされて善神になったといわれます。お話としては、「鬼女には五百人の子供がいましたが、特に末の子を可愛がっていました。子供をとられた親の歎きをきかれたお釈迦さまは、托鉢に出られたとき末の子をかくしてしまわれたので、鬼女は歎き悲んで七日七夜探しまわった末に、お釈迦様のところへやってきました。子をとられた親の気持を考えるようにとさとされた鬼女は改心して、以後は安産と子育て、更に災いを除いて福をあたえることを誓った」とつたえられています。そこで、「洗濯に井戸をかい干す鬼子母神」という子育てに忙しいすがたをよんだ川柳もよまれるようになります。
昔は幼児の死亡率が高かったので、子供が無事に成長するように祈る親達の信仰をあつめました。毎年春五月には三島町西方の鬼子母神のお祭りがあるので、参拝される方もあるとおもいます。
お姿はやさしい天女形のものと、恐ろしい鬼の姿とあるのですが、鮭立の磨崖仏では鬼女の姿で左脇に幼児をかかえています。