教育福島0094号(1984年(S59)09月)-047page
博物館コーナー
県教育委員会では、去る七月県立博物館の起工式を会津若松市で行いました。博物館には県の歴史を示す常設総合展示、各種研究室、学習室等が設けられる予定です。
そこで本誌では今回より、「博物館コーナー」としてその内容の一部を順次紹介していくことにしました。
第一回目は、去る八月に行われました久慈川での砂金採取の方法を復元したものを紹介いたします。
県教育庁文化課文化施設整備室では滅びようとしている伝統技術を記録し伝えることを目的として、さる八月七日、八日の両日、矢祭町内川及び塙町真名畑にて、復元した道具を用い、地元の方々による砂金採取の実演をおこなった。
県南の八溝山に源を発する久慈川水系では、つい最近まで砂金の採取が行われていた。また、平安時代初期に編集された勅撰史書である『続日本後紀』には、八溝砂金が遣唐使の資金の一部とされたという記事があり、砂金採取は古代より脈々としてうけつがれてきたことがうかがえる。
砂金採取には二通りあり、一つは『盤どり』という方法で、ガラスをはった箱状のもので水中をのぞき、川底の岩盤のくぼみやわれめにたまった砂を鉄製の棒で撹拝させる。その際、軽い砂は浮かび、重い砂金が底に残るので、それをピンセットで拾うのである。もう一つは"ねことり"と呼ばれる方法で、川底の砂をシャベル状のものですくいあげ、それをねこむしろという独特の編み方をしたむしろの上に流し、その目にかかった砂金をとるという方法である。
二つの貴重な砂金採取伝統技術はビデオ・写真等に記録され、復元した道具類及び記録した映像は、昭和六十一年開館予定の県立博物館の展示にて公開する計画である。
“ねことり”による砂金採
取編集後記
二学期がスタートしてしばらくたちますが、読者の皆様にはお元気にお過ごしでしょうか。九月号は、進路指導の充実を特集に組みましたが、もう一つ小特集として定通教育一社会通信教育をも組んでみました。十五の春あるいは十八の青春の岐路に立ち、生徒はいろいろと悩み多い日々をすごすことになります。そんな時の助言の資料にでもなれば幸いです。取材記事としては、芸術セミナー、ユネスコ活動について編集しました。まもなくやってくる「芸術・文化の秋」に関心をもっていただければと思います。詳しくは担当課にお聞き下さい。なお、今回からこのページ上に県立博物館について、その概要、収集資料等について紹介していく予定です。
さて、我が友人達が、仲間にひやかされながら能登半島へ行ってきた。洋上講座で勉強してきたという先輩がいた。またある全国大会で宝塚市へ行った友もいる。筆者自身も初めて尾瀬でテントを張った。さまざまな旅が、この夏あちこちで繰りひろげられたと思う。旅で出会い、旅で別れ、学び、休む。時に旅でひとつの決心をすることもある。そして、人は新しい自分をはじめる。そんな旅の思いを今回の随想の小さなテーマとしてみました。毎日のせわしさの中でひと休みを………。
教育福島 '84 9月号 Vol.94 昭和59年9月15日発行
■発行所 福島県教育委員会 ■発行者 村岡房之助 ■印刷 福島印刷センター