教育福島0171号(1993年(H05)06月)-004page
文化の窓
県立博物館
平成5年度第2回企画展
『稲とくらし』
会期7月17目(土)〜9月23日(木)休館日月曜日、祝日の翌日(9月16日)
わが国の農業は、第二次世界大戦後の高度経済成長期に、農具が機械化され、農薬や化学肥料も普及するなど、急激な発達をとげました。特に農業の機械化にともない、田園には牛馬の姿が見られなくなり、農耕も大きく変化しました。
わが国における農業は稲作が中心で、弥生時代に大陸から稲作が移入されて以来の長い歴史を持っています。農業の歴史は稲作の歴史といっても過言ではありません。
わが国の稲作が大きな転換期を迎えたのは、江戸時代における農業技術の発達でした。幕藩体制の確立により、米を基準とした年貢制度が整うと、米の増収をめざして稲作技術も発達しました。江戸中期には、農書とよばれる農業技術書が出現し、会津地方でも貞享元年(一六八四)に『会津農書』が著されました。また千歯扱(せんばこ)きや万石(まんごく)、唐箕(とうみ)などの農具の発明・普及なども稲作技術の発達のひとつです。以来、この時代の稲作技術がほぼ変わらずに昭和三十年代まで伝えられてきました。
今回の展示では、農耕絵馬、農耕屏風などの絵画資料や、農書などを通して江戸時代の稲作の様子を紹介し、江戸時代の年号が書かれた農具(紀年銘農具)を中心に展示して、稲作技術の変遷をたどります。また、人々は田の神を信仰し、豊作を祈願してきましたが、ここではさま.さまな農耕儀礼や祭りを通して田の神信仰を考えます。
このように本展では、稲作技術が大きな変革をとげた江戸時代以来のわが国の稲作の歴史を、自然と人々とのかかわりから紹介します。
[企画展記念講演会]七月二十五日(日)「農書の世界」筑波大学助教授佐藤常雄氏
農耕絵馬にみる江戸時代の稲作の様子(喜多方市岩月、八幡神社奉納)
▲小正月の祝行事、サツキ(耶麻郡西会津町中野)
ナンバによる湿田の代踏み作業(郡山市湖南町冨永)