福島県教育センター所報ふくしま No.78(S61/1986.10) -036/038page

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随  想

小 動 物 と の 出 会 い

科学技術教育部  斎 藤 一 哉


 戦後,入植開拓したその部落は,最も賑やかなときは戸数50戸を数え,分校の子どもたちも60人を越えたという。40年たった今,分校も閉じられ部落に残る人はわずかとなり,お年寄りだけの家も多くなった。数少い手工具を使って大木を切り倒し,根を掘り起こし農地とした労苦のあとは,きちんと区画された畑として残された。しかし一部には雑草が繁茂し,すでに雑木林や笹野原となった畑もみられるようになった。
 6年ほど前,縁あって,そこの農地の一部を借り受けることができ,日曜大工ならぬ日曜農民として野菜づくりを楽しむこととなった。部落の人たちの暖かい励ましと助言のおかげで,素人園芸もなんとか収穫をみることができるようになった。
 日曜日といっても毎週農作業ができるわけでもなく,また自宅から17Km,車で約40分かかる距離のため,朝夕ちょっと出かけるというわけにもいかない。冬は約2mの雪に覆われる地域なので,栽培作物は限られたものとなる。それでもこれまで,じゃがいも,さつまいも,大根,白菜,キャベツ,トウモロコシ,枝豆,小豆,アスパラガス,中国野菜類など,いろいろな作物に挑戦してみた。失敗作もあったが,寒暖の差が大きい気候のせいか,粘土質の土性のせいか,それとも自分で作ったものを食べるという喜びのせいか,穫れた作物は一般に固くしまり,甘みも多くとてもよい味に感じられた。
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 人口の流出に伴い,逆に動物たちが戻ってきたようである。一番多く見かけるのがウサギとタヌキである。暗くなってからの帰り道,車の前に飛び出してきてヘッドライトの光に照らされながら車の前を20mから,時には50mも一緒に走るのがタヌキである。ウサギは道をさっと横切る。カモシカは道端にたたずみ,車が近づくとさっと身を翻し,繁みの中に姿を隠す。
 動物たちは,時には昼間も姿を見せることがある。畑のそばの茅野でわらび摘みをしていたとき小ウサギが飛び出してきて驚かされたが,更に進むと次々と小ウサギが出てきて,結局4羽が集り倒れた枯れ茅の下に隠れようとしている。あまりの可愛さと紅い目の美しさにしばし見とれ,背をさするとこきざみな震えまで感じられ,そっとその場を離れたこともあった。
 小動物たちはユーモラスな動きや可愛さを見せるだけでなく,野菜づくりにも少なからぬ影響を与えている。昨年はさつまいもの苗のおよそ半分が植えた1週間後にはウサギの餌となり,技豆も鳥についばまれないようにと苗に育ててから植えたが,これも生長してこれからが楽しみというところで殆んどがウサギの餌となり,あとにはお礼の意味か,小さい肥料の固りを沢山おいていってくれた。またトウモロコシは,ちょうど実が入りそろそろ収穫ごろかという頃にタヌキに大部分を食べられたこともあった。また部落の人の話によると,桃畑にクマが出たり,サルがカボチャを抱えて逃げていったり,カモシカが悠然と農道を歩いてきたりすることがあるという。
 考えてみれば,動物たちの住む世界の中に人間が入り込んだのだから当然のことなのかもしれない。そう思うせいか,育てた作物が動物に食べられても「ああ,やられたか」と感じはするが,「しまった」とか「くやしい」という気持にはならないのである。しかし,これは趣味の園芸として楽しんでいるから言えることであり,農業を生活の糧として,きびしい農作業に従事している部落の人たちにとっては大変なことにちがいない。
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  気持ちよく晴れ上った休日,鍬をふるいびっしり汗をかく,その快さにひかれ,そして小動物たちとの思いがけない出会いを楽しみにしながら畑に出かけるこのごろである。

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