川俣町の文化財 -016/029page

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れている。大日如来は密教独特の仏格で,金剛界,胎蔵界の二尊が対をなす如来像である。本尊は智拳印を結び,頭は顕教の如来像と異なり宝髪に五仏冠をつけ,裸形に近い上半身には瓔珞を飾り肩から腹にかけてうすい条帛高をまとい,腕釧,足結いをつけ蓮花座に趺座している。そのようすは菩薩となんら異なるところがない姿である。本像は儀軌に忠実によく表現されている。

大日堂,金剛界大日如来坐像
大日堂,金剛界大日如来坐像 

 台座蓮弁には「正徳五年(1715)乙未十二月吉辰,奥州宇多郡中村城下鋳造師斎藤別当勘左右衛門尉藤原良寛」と鋳造銘がある。他の花弁には奥州安達郡澁川火断木食上人照海が,男女1万人を勧化して金胎両部大日如来像を造り,金剛界は澁川に胎蔵界は川俣に安置した趣意と結縁の人名が数多く刻まれている。

 銘には川俣町には胎蔵界とあるが,事実は金剛界で胎蔵界は安達町澁川の円東寺境外佛堂に安置されている。そしてほぼ同文の銘が刻まれている。この取り違いの事情については明確でない。大日堂裏手広瀬川の対岸の岩に,金剛界大日如来像と刻された石仏がある。

 大日如来像の鋳造師である斎藤勘左右衛門は,洪鐘,仏具等を専門とする鋳工で仏像を鋳た例は少ない。しかし,この銅像大日如来は近世での鋳仏像ではあるが,作技がすぐれているとともに安置の事由が明らかなものとして貴重なものである。

 なお「小手風土記」には寛文元年(1661)辛丑鋳造の唐金大仏があったと記載されている。

 

頭陀寺回転輪蔵

〔所在地〕 川俣町飯坂字頭陀寺2番地

◎町指定有形文化財

 鶏足山頭陀寺は宝徳元年(1449)九州熊本の人,栽松青牛和尚によって開山された禅堂で,当時は米沢市在小桑にある曹洞宗総持寺系端竜院の末寺であった。2世より12世にわたる布教活動により北は保原,東は草野,西は立子山まで,末寺17か寺を持ち福島市平田の陽林寺と対じするものであった。当寺は再三の火災によって昔の面影を偲ぶことはできないが,開基の檀


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