ふるさと川俣の名山 -049/104page
● 概 要
「うつくしま百名山」の一つで、秋山と月舘町にまたがってそびえる秀峰である。独立峰のようにそびえる姿は、名前のごとく「女神」が住む山かと思われる。川俣町でも月舘町でもこの「女神山」についての伝説や言い伝えは多く、まさしく山麓の人々にとって心の拠り所となる山であることが伺われる。
案内板や登山道の整備は整っており、四季を通じて訪れる人が絶えない所である。麓には、樹齢400年以上といわれる「秋山の駒ザクラ」があり、4月にはとてもにぎやかになる。ここは、木道や休憩所が整備されており福島県の緑の文化財にも指定されている。また、近くには同じく緑の文化財の「あすなろ」もある。
草花や、昆虫が特に多い山であり、展望が開けているために、いろいろな楽しみかたができる山である。国道114号線からも望め、親しみのある山である。
山頂には、川俣町で唯一の一等三角点がある。
● 名前の由来
「日本山名辞典」に女神山は、4つ出てくる。そのうち3つまでが秋田県にあって、あとの1つがこの女神山である。どの山も標高が1,000メートルに満たないのはその名にふさわしい。この優しい名の山には 小手(おて)郷(川俣町と月舘町)に織物を伝えたと言われる小手姫伝説が伝わっている。小手姫は崇峻天皇の妃で、蘇我馬子の乱の後、東北に落ち延びた息子の後を追ってこの地まで来たという。しかし、息子とは会うことができないまま土地の人々に養蚕と絹織物の技術を教え、ついにその一生をこの地で過ごしたといわれる。遺体は女神山に葬ったといわれている。今でも女神山には山桑が点在し、字「本内」の上あたりに『堂平』には姫が住んだといわれるその跡が残っている。小手姫は小手郷に絹織物を伝えた先人であり、その供養の山が女神山である。
秋山字壱貫森の佐藤長明(故人)宅に伝わる「小手姫記事」には、「千二百五十年三月十五日にあれば即ち清明の日也 又小手姫の開きたる高山なるが為に一名女神山と称す。」とあり、小手姫あっての女神山であり、女