月舘町伝承民話集 -059/200page

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

「ご新造さん。あんたはえらいお人じゃ。あんたの顔を見ていると、地獄で仏様に逢ったような気になる。 わしはきのうから食べておらんで、お腹が減って困っているんでのう。一つお願だが、あんたの乳を飲ませ てくださらんかい。ご新造さん…」老人は哀願するようにS女に向って頭を下げた。
「あら、おじいちゃん、 お腹がすいちゃ困るでしょう。私の乳でよかったら、沢山飲んでください。…」
S女は老人が可愛想だと思い、 何のはじらいもなく、着物の襟をひろげて、はち切れそうな乳房を出して老人に乳を与えた。老人は救われ たようにS女にすがりついてむさぼるように乳を吸った。やがて十分も過ぎた頃
「ああ、これで生き返った ようだ。有難や有難や……」と老人は口ごもりながらS女の手をしっかり握りしめて頭を下げた。立ち去ろ うとしたS女にあわてたように
 「ああ、これご新造さん、この包は重いから、あんた預ってくれないかい。 あしたの朝またここに来やすからのう」
といって紺の風呂敷包をS女に手渡した。S女は素直にその包を預 って鎮守様へと急いだ。参詣して間もなく引き返して、さきの場所に来て見ると老人の影はなく、うずくま っていた場所にはその跡らしいものさえ、全然なくなっていた。

 S女は老人から頼まれた包を家に持ち帰って神棚に供えておいた。勿論、老人に逢ったことのいきさつな ど誰にも話さなかった。

 翌朝、又昨日と同じ時刻に来て見たが、いつまで待っても老人は遂に現れなかった。それから一週間たっ た。S女はいろいろ考えた未、夫に事のいきさつを全部話した。夫は驚いて「お前が、日頃神信心があついいので、何か神様のお授けではないか。」といって、その風呂敷包を開いて見ると、こは如何大判小判がぎっしりつまった財布だった。それからS女は何日も神参りをつづけて、その道すがら、老人に逢いたいものだ


[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

掲載情報の著作権は月舘町教育委員会に帰属します。
月舘町教育委員会の許諾を受けて福島県教育委員会が加工・掲載しています。