月舘町伝承民話集 -058/200page
哀れな老人を助けたみやげ
びっしょり水霜が降っていた。寒い晩秋の空気がS女の頬を冷たくなでた。S女は毎朝鎮守様へおまいりし て、帰ってから朝の炊事をするのが日課のようになっていた。村はまだはっきり朝になりきっていなかった。 村でも金持だといわれているS女の家でも主人も雇人も、まだ起きていなかった。S女は数年前この家に嫁 に来てから、一日も欠かしたことのない鎮守様への朝の日参は近所の人たちは勿論、自分の家の人たちにも 知られていなかった。さすがに夫にだけは話しておいたので、うすうす知っていただけで、別にとがめ立て をするようなことは全くなかった。S女は安心して急ぎ足で鎮守様の方へ向かっていた。上戸の坂を上りつ めると、見知らぬ老人が道ばたにうずくまっていた。S女は急に足をとめた。そして、じ一つとその老人を 見つめた。老人は80オを少し越したであろうか。見すぼらしい姿だが眼光鋭く、どことなく気品が感じら れる人だった。
「ご新造さん、お早いのう。」
「おじいちゃん、どうなさいました?」
「わしはのう、相馬の方から来たんじゃが年をとると仲々歩くのが困難じゃ。福島まではまだ遠いし、この 近くの観音様にも参詣したいが、どうも足が不自由で……」
「それは、大変おこまりでしょう。無理せずに、ゆっくり参詣なさいな。」
S女は時間を気にしながら立ち去ろうとした。