あだち野のむかし物語 - 015/037page

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一つだけお願いがございます。」
「いってごらん。」
するとお杉は、一度杉沢の里へ帰りたいというのでした。そこで、やさしい精顕は、お杉を連れて陸奥に旅立ったのです。

 精顕とお杉が初めて出会ったのも秋でしたが、二人がその杉沢へ帰ってきたのも秋でした。杉の枝にそよぐみどりの風、山々を染めるもみじの錦。杉沢の里に落ち着いたお杉は、魚が水をえたように生き生きとしてきました。

「あなた、すみませんが泉の水を一杯汲んできてください。」

 ある月の明るい夜、お杉は精顕にいいました。この夜半にと、思いましたが手桶(ておけ)を下げて外に出ました。

 精顕が水を汲(く)んで戻ってくると、家の中から元気な赤子(あかご)の泣き声が聞こえるではありませんか。急いで家の中に駆け込んだ精顕の目にうつったのは、お杉に抱かれた玉のようなややでした。

「ご覧ください。あなたにそっくりでしょう。」

 精顕はその夜、都の家に長い手紙を書きました。お杉と生まれた赤子と三人、杉沢の里で暮らすことにしたとの便りでした。

 精顕もお杉も幸せでした。ただ一つ不思議なことは、お杉が何才になっても若い時そのまま、いつまでも美しかったことです。精顕は年をとってなくなり、なきがらは杉の木の根元に葬られました。するとその日から、お杉も姿を消してしまったのです。

 精顕を慕(した)って娘の姿になって現れた杉の木は、精顕の墓を守って何百年も生き続け、今では大きな木になり、いつもさわやかなそよ風の吹き通る木陰(こかげ)を作っております。


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