あだち野のむかし物語 - 014/037page
ゆかしい香り。
精顕は娘から離れられなくなり、お杉も精顕の行くところなら、どこへでもと言うので、旅にも一緒に連れて行くことにしました。それから、険しい山道もさびしい夜道も、寒いつめたい雪の道も、お杉は黙って旅を共にしたのでした。
二人は、とうとう京の都に着き、都暮らしが始まりました。お杉は都で育った者のように都暮らしがなじんでおりました。けれども、ときどき庭にでては遠くの空をぼんやり見つめているときがありました。その姿がさびしそうなので精顕は、
「お杉、なにか悲しいことでもあるのか。」
と、尋(たず)ねますと、「いいえ。」
とはいったが、何度目かに、「あなたとこうして一緒に暮らせることは、このうえない幸せです。でも、一つお願いがあります。私の国では一生に一度お伊勢まいりに行く習(なら)わしがあります。私も一度行ってみたいのです。」
「おお、そうだったのか。」
精顕は、さっそく旅支度にかかり、お杉を連れて出掛けることにしました。旅の道々お杉は、うれしそうにはしゃいでおりました。二人は無事に伊勢に着きました。お杉は、長いこと社(やしろ)の前に額突(ぬかづ)いていましたが、やがて静かに立ち上がると、辺りに立っている杉木立のあいだを、さも懐かしそうに歩き回りました。
「あなたさま。」
お杉は精顕の前にくると静かにうなだれていいました。「私、一生に一度の望みをかなえて頂きました。でも、もう一つ、もう