わたしたちの郡山市-044/068page

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(2)安積疏水と地いきの発展

安積疏水と地いきの発展に関係する年表
時代 主なできごと 人口(人)
1873 明治6
開成社(かいせいしゃ)でき、開拓(かいたく)始まる
4,728
74 7 開成沼できる 4,789
79 12
安積疎水工事始まる
5,509
80 13 生糸をとる工場できる 5,529
81 14 生糸をとる工場できる 5,552
82 15
疎水工事完成する
5,659
87 20 東北本線(上野〜郡山)できる 7,366
98 31 ばんえつ西線(郡山〜若松)できる 11,859
   
沼上(ぬまがみ)発電所できる
 
    生糸(きいと)をつくる工場できる  
99 32 電灯つく 12,709
1906 39 たばこ工場できる 16,614
9 42 電話が始まる 18,928
  45
豊田(とよだ)じょう水場できる
 
12 大正元 生糸(きいと)をつくる工場できる  
15 4 ぼうせき工場できる 22,902
16 5 電気会社できる。化学工場できる  
17 6 ぼうせき工場できる  
18 7 化学工場できる  
19 8 竹ノ内発電所できる  
20 9 国鉄工場できる 26,218
21 10 丸守(まるもり)発電所できる  
22 11 ぼうせき工場できる  
23 12 ぼうせき工場できる 39,003

上の年表を見て,みんなで気がついたことを話し合いました。「安積疏水ができるころから,郡山にはいろいろできたね。」「人ロもふえているわ。」「郡山がだんだんにぎやかになってきたみたい。」そこに,先生が,こんなお話もつけくわえてくださいました。
「みんなが飲んでいる豊田じょう水場の水は,実は安積疏水から流れてきているのよ。むかしの皿沼水道や多田野水道では水が少なかったり,ごみが入ったりしていたので,安積疏水から水を分けてもらって,県内で初めて近代の水道をつくったのよ。」
清君たちは,安積疏水と自分たちの生活のつながりにびっくりしました。そこで,安積疏水と郡山の工業や農業のつながりをもっとくわしく調べてみることにしました。


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