長沼町勢要覧 -010/044page

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緑の香り。

森の懐かしい記憶に抱かれて。

わさびの花

木洩れ陽が射す森の中。小鳥が樹木の上で、 チチチチ、と鳴いた。風で木が揺れる。まだ、 手つかずの温もりが残されている長沼の緑を、 一歩一歩、かみしめるように歩を進める。

道のかたわらに咲いているのは、たくさん のカタクリの花。そして、何という名前の花 だろう。ただ可憐に、手つかずの自然の中だ からこそ咲くことのできる、繊細な花々がそ こにあった。花の名前など、どうでもよい。 今はただ、ここに咲くものたちの美しさを感 じていたい。痛切にそう思った。

花を踏まずに、歩いてゆく―。春たけなわ を迎えてもなお、雪がとり残された沢を、 サクサクッ、という音を立てながら登る。そ して、森を呼吸する。ふと目をとじると、サ ワサワ、という音、頬をなでる風の触覚や匂 いが、ことさらに感じられる。

森は、優しいだけではない。ときおり険しい 表情も見せる。さらに沢を登ろうとする時、 人は、より厳しい、道なき道を選ばなければ ならない。しかし、その険しさを来り越えた 者だけが、下界にはない自然の神秘にふれる ことができる。急勾配の林を抜けたとき、 人の人間も自然の一部なのだ、という当たり 前の事実を、改めて想い起こした。

どのくらい登ったのだろう、日射しをさえ ぎる樹木が途絶え、別天地が目の前に広がっ た。柔らかな陽につつまれ、優しげに咲いて いるわさびの花々―。清らかな水のかたわ らにしか生育できない繊細な植物が、ここに 安息の場を見つけ、身を寄せ合うように群生している。 持ち帰って、家の食卓に……そう


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