てんえいむら見て歩き トラベルブック -023/064page
民話 2 八十内
狐の嫁入り
昔、惣吾郎内(そうごろううち)、八十内(やそうち)、竜生(りゅうい)間の交通路は、亀石川(広戸川の上流)を渡る田 んぼ道で、ゲンバチキという杉のこんも りとした中に小さな稲荷様があり、この 近くを通るのであった。ここに色々と昔 話が生まれていた。
ある夜、権(ごん)さんが川を渡って稲荷様に 近づくと、自分の歩いて行く道の前後両 側を何かがつきまとっているようで、全 身ゾッと身ぶるいした。変だと思ってタ バコに火をつけ、買ってきた魚、油揚げ、 卵の包みを首にかけ、帰り足を急いだ。 この権さんの家の所までつきまっとって いたのは、狐だったという。
それからある日、結婚祝いに招かれて の帰り夜道、風呂敷包みを首に、藁(わら)で作 ったツトッコにお膳のご馳走や魚をつめ、 これを肩にかけて都々逸(どどいつ)を流し、ご機嫌 よく川を渡るとピタリと歌声が止まった。
それもそのはず、そこには彼の心に秘 めたいとしの彼女が、いとも美しい姿で 迎えに来てくれていた。彼女に手を引か れて行った所は素晴らしいお宮の前で、 そこは幕を張ったきれいな座敷に徳利や 盃などがしつらえてあった。彼は持参の ご馳走を全部開いて上機嫌でいると、美 女達が次々にあらわれ、呑めや歌えと 狐拳(こけん)で大騒ぎ。すっかり有頂天(うちょうてん)となった。
やがて家にたどり着き気がつくと、な んとフンドシ一本。翌朝、おぼろな記憶 を呼びおこしながら、密(ひそ)かに女房とさが し歩いたところ、財布と煙草(たばこ)入れは稲荷 様の祠(ほこら)の前にあり、ご馳走は何もなく狐 の足跡だけが一面に残っていた。
こうした狐たちは、入梅の明ける初夏 の雨雲たれこめた夕暮れもおそく、稲荷 様の南方田んぼをへだてた向い山岸に、 狐の嫁入りを見せみせたものだった。まず一番の提灯(ちょうちん)がつく、 次に二番三番四番とポーポーと灯(ひ)がついて、長い長い行列となる。これを見つけた者が大声で狐の嫁入り始めたぞーと叫ぶと、みんな家の中から飛び出して見たそうだ。稿者 目黒初雄
「天栄村の民話と伝説から」