わたしたちの平田村 - 099/107page

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

(4) 小平を開く

○ 天災からたちあがった人たち

@ 暴風雨のわざわい(明治35年9月28日)

たおされた小学校のそうぞう図
99-1
たおされた小学校のそうぞう図
ひがいの多かった所
99-2
ひがいの多かった所
小平のひがい
99-3
小平のひがい

○ 大木がたくさんたおされた。

○ 田畑の作物が風でおられ、大凶作になった。

○ 川の土手がほうぼうで流された。


A とうじの人たち(吉田喜左工門頌徳碑文から)



 「吉田喜左衛門翁は安政2年陸奥国石川郡……西山村古倉に呱々の声を挙ぐ。
 幼にして学に志、三春藩の碩儒石井有信先生をはじめ須賀川白河等各地に師の門を叩き学成りて帰郷師弟の教育に従事す。明治5年学制頒布さるるに及び翁は率先有志と相謀り小平小学校を開設、自ら教壇に立ち郷土教育にその熱情を傾け村民の等しく敬慕するとこところとなる。
99-4
吉田喜左工門頌徳碑

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

掲載情報の著作権は石川郡平田村教育委員会・平田村に帰属します。
石川郡平田村教育委員会・平田村の許諾を受けて福島県教育委員会が加工・掲載しています。