あさかわまちが生んだ偉人-020/093page

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6 研究は広い目で
吉田富三は、東京帝国大学医学部を卒業したあと、佐々木研究所で研究をはじめました。所長の佐々木隆興博士は、大病院、杏雲堂病院の院長さんでしたが、自宅のそばに医学について研究するための研究所を持っていました。
研究所に入って二年ほどして、先生は富三に、
「ガンの研究をしてみないか。」
と話をかけました。
研究所といっても、部屋といったほうがいいようなせまいところで、研究員はというと富三ただ一人です。これまで大学で医学の勉強をしてきたといってもまだ未じゅくです。しかも、ここでは相談する人もいません。また、今から六十年も前のこ
1935年(昭和10年)32歳
1935年(昭和10年)32歳
文部省留学生としてドイツに出発した。(2年間)昭和10年11月10日横浜から出航

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