オオムラサキ徹底分析 -002/004page
国蝶・オオムラサキ、その生態を探る。
国蝶に決まるまでのいきさつ
1933年(昭和8年)4月12日、東京で開催された蝶類同好会で、国蝶なるものを決めたらどうか?との話題になる。この会合で、大多数の会員はオオムラサキを 国蝶に推したが、一部にミカドアゲハやアゲハ支持の意見があり、ついに決定をみないまま1年以上も論争が続けられた。1936年(昭和11年)に投票により、圧倒的 多数の結果、オオムラサキが国蝶の座につく。1957年(昭和32年)3月、今度は蝶類同好会とは別に、日本昆虫学会の役員会で、故高島春雄氏からこのことについて 発言があり、その席上で正式に国蝶に決定する。
国蝶とはいうものの、国鳥のキジと同じく、特に法律で規制されるものではないが、それだけに格調の高い価値のある蝶ということがいえる。オオムラサキの正式名称
1.分類
門:節足動物門
体が多くの節からなっており、節のある足を何対かもっている動物の総称。
網:昆虫網
昆虫類は無脊椎動物の一群。
目:鱗翅目(りんしもく)
羽に鱗粉をもつチョウ・ガを指し、その他ハチ・アリなどの膜翅目、ハエ・カ・アブなどの双翅目などがある。
科:タテハチョウ科
前足が退化し、物にとまる時は中足と後足の4本だけを使う。また、後ばねの中室が開いていることから、タテハチョウ科に属する。その他、アゲハチョウ科・ シジミチョウ科など含めて9科から成っている。
属:Sasakia
種:オオムラサキ2.学名
ササキア カロンダ ヒューウィトソン Sasakia charonda Hewitson (属名) (種名) (命名者名) 日本昆虫会の先進、佐々木忠次郎博士に捧げられたものである。 西暦7世紀前のcatanaの祝福された計算者の名CHA-RONDASからきているものと思われる。 イギリス人の園芸家フォーチュンという人が神奈川で採集し、持ち帰ったのを文久3年(1863年)にヒューウィトソンという蝶学者が名をつけ、学会に発表したということになっている。 *ひとくちメモ*
オオムラサキは和名であり、あくまでも日本にだけ通用する名称で、学名のSasakia charonda Hewitsonは万国共通である。オオムラサキ Question & Answer
Q1. オオムラサキはどこにいる?
A. 日本ではほどんど全国に生息し、その北限は北海道札幌市周辺といわれている。また、南限は九州本島の宮崎県小林市周辺から鹿児島県大口市付近と推定される。 九州を縦断する巨大な霧島山系からは発見されていない。(長崎・佐賀両県にも生息がみられない。)Q2. オオムラサキはなにを食べている?
A. 蝶はみな花にとまり蜜を吸うとは限らず、オオムラサキも密を吸うことはあるが、ごくまれで主食は樹液・腐った果汁などで、ときには国蝶の威厳に似合わず、 ふん・尿に集まることもある。樹液を吸うのはオス・メス双方だが、アンモニア臭(ふん・尿)にはオスのみが誘引されるようである。関東・関西の本種はクヌギの 樹液によく集まると言われ、その他、コナラ・ミズナラ・クリ・エゾエノキなどが主体のようである。Q. オオムラサキの1日はどうなっている?
A. 陽が照りつける午前8時頃から活動が始まり、午前中は比較的低いところを飛び、次第に数を増やして午前10時にピークに達する。摂食活動は午前中に割合多く 見受けられる。
日射が強くなる昼頃から午後2時頃まで、一時個体数が減るが、その後再び数を増やし、午後は樹のこずえなどの高所を午前中より活発に飛翔する。