北会津の昔ばなしと伝説 -116/238page

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 『不思議(ふしぎ)なことを聞くもんだ。人間に情(じょう)をかけてこそ神様(かみさま)つうもんだ。それは神様(かみさま)の名を騙(かた)る魔性(ましょう)のものの仕業(しわざ)に相違(そうい)あるめえ。拙者(せっしゃ)が娘御(むすめご)の身代りになって退治してくれべえ』

と勇(いさ)み立ち狭(せま)い場所で長い刀は邪魔(じゃま)になると、庄屋(しょうや)の家重代の二尺ほどの刀(かたな)を借り、自分の刀を替りにおいて、娘の羽織(はお)る裲襠(うちかけ)を被(こうむ)り、唐櫃(からひつ)に入って時のくるのを待った。夜も更けて六人ばかり村の若い衆が身仕度(みじたく)して集り、お侍を入れた唐櫃(からひつ)を担(かつ)いて鎮守(ちんじゅ)の森指(さ)して飛ぶように走りつづけて、お宮の前の石段に置くと跡も見ずに帰ってしまった。

 唐櫃(からひつ)の中でお侍(さむらい)は刀を抜き魔性(ましょう)が蓋(かい)を取るのを今や遅(おそ)しと待ち構えていた。夜はしんしんとふけわたり、子(ね)の刻(こく)と思う頃森の草木がざわめき、一陣(いちじん)の風がスウッと吹いたと思うと、眼を爛々(らんらん)と輝かした魔性(ましょう)の怪物が、唐櫃(からひつ)の前に立ちはだかり、舌甜(したな)めずりして蓋(かい)を両手で持ち上げた。とっさに武士は刀(かたな)のつかも通れとばかり相手の胸板(むないた)めがけて突き刺した。

 魔性(ましょう)はアッと森にこだまするような声を挙(あ)げその蓋(かい)を投げすて虚空を文字(つか)んで悶絶(もんぜつ)した。そこで魔性(ましょう)の腹に足をかけ刀(かたな)を引き抜いて首を打ち落とし用意していった太鼓を打って事


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