わたしたちのきょう土 磐梯町 -093/116page
1915年(大正4年),磐梯村議会では,エ場用地を提供(ていきょう)することを決議し,高田商会のあえん製錬(せいれん)所が確認されることになりました。
この製錬所は,その後年々発展し,1928年(昭和3年)には日本曹達林式会社に引きつがれて,さらに大きなエ場になっていきました。
当時,福島県では最初の重化学のエ場が,なぜ,磐梯町や河東町(昭和電エ東長原エ場)につくられたかを考えてみましょう。
ア.鉄道ができて,物や人の輸送(ゆそう)が便利になったこと。
イ.エ場で使う水が豊富にあったこと。
ウ.発電研ができたため,エ場で必要な電気が地元では安く利用できたこと。(全国平均の3分の1)
エ.エ場をつくるための広い土地が,駅の近くに漁供きれたこと。
オ,学校教育の充実によって,近代的なエ場で働ける人が求められたこと。