わたしたちのまち喜多方-115/125page

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人々の願いと努力
用水路の様子を調べてみると,クラスのみんなにもそのすばらしさが分かってきました。
そして,このすばらしい用水路を作った当時の人々がどんな願いを持ち,だれが作ったのか調べていくことにしました。そこで,先生は下のような年表を見せてくださいました。
 
できごと
1530年ごろ ・このころ,会津地方では何か月も雨がふらず,日でりのため作物がとれない年がたびたびある。
1567年 ・会津地方では作物がほとんどとれず,多くの人がうえ死にする。
1657年 ・大塩平左衛門(おおしおへいざえもん)が雄国沼から山をくりぬき,水をひく工事を始める。
1660年 ・用水路が完成し,雄国地区に新田がひらかれる。
1896年(明治29年) ・水害のため土手がこわれ,雄国地方が大きなひがいを受ける。
1933年(昭和8年) ・新しい水路(現在使われている)を作る。
1944年(昭和19年) ・水害のため土手がこわれ,雄国地方が大きなひがいを受ける。
・土手を強くするために百間土手を作る。
1967年(昭和42年) ・百間土手を中心に改修工事を行う。

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