ぼくたち、わたしたちのあつしおかのう-066/100page
2)熱塩村のおこり
平安時代のはじめごろ(西暦800年ごろ),空海というお坊さんが五峯山慈眼寺を建立したというので,慈眼寺村とよばれたそうです。
その後,会津山領岩崎の荘山入村ともよばれたと言います。永和元年(西暦1375年),越後の国(新潟県)萩村の人でえらいお坊さんだった源翁禅師が護法山示現寺を開き,神様のおつげをえて熱湯(温泉)をわき出させてから,熱塩村になったと伝えられています。
明治8年水沢村,日中村と合わせて三和村になりましたが,明治10年に黒川村も合わせて熱塩村になりました。さらに,明治22年に山田,相田村と合併してもとの熱塩村ができたのです。
元現寺
3)加納村のおこり
五目,根岸,下谷地,鷲田,赤崎,半在家,岩尾,中川原,百木田中,上野,針生,二本木原といった地名の対々が,元加納荘百木郷に入っていました。この中の五目村は,江戸時代の終わりごろには五目組の中心地であったようです。明治8年に各村が合併して加納村,宮川村,米岡村の三ヶ村となり,明治22年には合併して加納村となりました。
加納地区の集落