目で見る 熱塩加納村の文化財 -055/144page

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

四、近世のあらまし

 近世は中世につづく時代で近代との中間に位置する時代である。一般には織田信長が足利将軍を京都から追い出した天正元年(一五七三) から、江戸・徳川幕府が大政奉還した慶応三年(一八六七)までをいっている。

 近世を時代別に分けると、最初は安土桃山時代(織豊時代とも) で、織田信長がおよそ一世紀にわたった戦国動乱の中から天下統一の先頭に立って足利将軍を追放し、居城を安土城としたことから、信長は本能寺の変で統一事業は半ばにして挫折、その遺業をついだ豊臣秀吉が桃山の地に伏見城を築城し政権を握っていた時代である。次は江戸時代で、豊臣秀吉の没後政権をにぎったのが徳川家康で慶長八年(一六〇三)征夷大将軍に任ぜられて江戸幕府を開き封建社会が確立してより、十五代将軍徳川慶喜が慶応三年大政奉還するまでの二六五年間をいう。

 この時代の本村を取りまく歴史は次第に徳川幕藩体制の 確立と共に文献、資料が多くなって来ており解明されつつ ある。現在この本で取上げてあるもの総てこの時代のもの である。

阿弥陀三尊衆生救済図
阿弥陀三尊衆生救済図
釈迦涅槃像図
釈迦涅槃像図

二幅共に半在家宝勝寺蔵。左図は元禄7年(1694)願阿上人作
右図は文政3年(1820)良大上人作である。


[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

掲載情報の著作権は熱塩加納村教育委員会に帰属します。
熱塩加納村教育委員会の許諾を受けて福島県教育委員会が加工・掲載しています。