わたしたちのまち山都町-099/110page
都をゆたかにしたのか調べてみましょう。
○山都に文化のかおりを運んだ人[田代蘇陽(与三久)]
銀行の取締役という福島県の経済界の重要な役職にあった人で,美術愛好家。中央の美術文化のかおりを山都にもたらした人。
○山野を切りひらき新田開発につくした人[宮城八郎左ェ門(盛従)]
藩政時代,堂山・三ツ山の山野を切りひらき,現在の水田のとをつくった人。顕彰碑が三ツ山地内にある。
○農村の自力更生にはげんだ人[五十嵐弥惣次・卓之丞親子]
幕末から明治にかけて貧困状態にあった農村生活を,自分たちの知恵と力でゆたかにしようとはげんだ,山都における報徳運動のリーダー。顕彰碑が元山都第一小学校第二分校跡(中反)にある。
○山都の養蚕の発展につくした人[小林喜作]
明治時代,桑を植え,製糸工場を造り,山都の養蚕発展のもとを築いた人。顕彰碑が小山公園にある。
○堤・用水路をつくった人[宮城清右ェ門(盛金)]
江戸時代,今の上林に,地区の人を指導し先頭にたって灌がいのための堤・用水路をつくった人。顕彰碑が上林地内にある。
○山都出身で,山都をはなれて大きなかつやくをした人
蓮沼門三(社会教育者)
三浦文治(自由民権家)