高郷の地質と化石 会津化石研究グループ -026/066page

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 ところで、もう一種類のカイギュウ、ステラーカイギュウが1768年まで、北の海・ベーリング海に棲んでいました。1741年にべーリング隊長が率いる探検隊によって発見されました。ベーリングたちの船が壊れて遭難し、飢餓に苦しみ、壊血病にかかり、やっとたどりついた小さな島の海辺に、ステラーカイギュウは、人の怖さを知らずに、2千頭ほどひっそりと生きていました。そのステラーカイギュウによってベーリング隊員は飢餓と病気から救われ、ベーリングは命を落したものの、多くの乗組員は本国へ帰ることができたのです。ベーリング探検隊の命を救った「ステラーカイギュウの話」を聞いた、毛皮用ラッコ捕りの猟師たちは、早速、ステラーカイギュウを食糧として、ラッコ捕りを始めた。その狩猟からステラーカイギュウを守るため、政府に保護を訴えた、鉱山師のヤコブレフの声も無視しながら、冬でもラッコ捕りを続けた。そして、発見からわずか27年後の、1768年にステラーカイギュウは皆殺しされ、絶滅した。ステラーカイギュウは、ベーリング海に繁茂していた昆布をたくさん食べて、7mの大 きな体になったといいます。しかし、ジュゴンやマナティーと異なり、歯がまったくありません。体の大きさに比べ頭が小さいことも特徴です(高郷村郷土資料館には、今はなき、このステラーカイギュウの1/2サイズの標本模型を展示しています)。

 このステラーカイギュウなどを含む、オオカイギュウの進化史については、アメリカ・ハワード大学の世界的なカイギュウ研究者・ドムニング博士は、化石の調査から「このステラーカイギュウの先祖は、何百万年の大昔には立派な歯があった」ことを明らかにしています。この歯があったカイギュウこそ、前に述べた太平洋を中心に生息していた、ドシシーレンであるといいます。

 実は、今回発見された高郷のカイギュウ(和名:アイヅタカサトカイギュウ)は、歯の入っていた穴(歯槽)が、上あごの歯槽突起という骨に残っています。ですから、アイヅタカサトカイギュウは、ステラーカイギュウたち(オオカイギュウ)の先祖にあたる、ドシシーレンのなかまになるわけです。  そこで、アイヅタカサトカイギュウの特徴を詳しく見ることにしましょう。特に、歯のついている骨(歯槽突起)を中心に調べると、

 ※ 歯槽が小さく、

 ※ 歯槽の並びかたが前後方向であること、

 ※ 歯のつく骨(歯槽突起)の幅が狭いこと、

 ※ 歯のつく骨の形が、歯がなくなったステラーカイギュウ(オオカイギュウのなかま)などのものに似ていること(第13図)

 などがわかります。つまり、歯のある他のドシシーレンのうちでも、歯がさらに退化した、新しいタイプのものであることが分かりました。そのようなアイヅタカサトカイギュウの特徴


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