わたしたちの郷土 西会津町 -026/122page
生まれかわった田 むkしは、田を平(たい)らにするのがたいへんむずかしかったので、土地の高さにあわせて田を作りました。そのため田は形や大きさがそろわず、仕事(しごと)のしにくい田でした。
町では昭和(しょうわ)45年頃から「ほ場整備(じょうせいび)」をして、仕事のしやすい田を作る計画(けいかく)をたてました。そして、むかしの田は、機械(きかい)を使(つか)って大きな四角形(しかくけい)の田に作りだえられました。
今では、町のほとんどの田が、ほ場整備を終(お)えました。広々(ひろびろ)とした四角形の大きな田がならび、また、用水路(ようすいろ)やトラックの通れる広い道も作られ田の仕事はとてもやりやすくなりました。
田のほかに畑も、ほ場整備され仕事のしやすい畑に生まれかわっているところもあります。