カラムシ資料集その1-016/028page
ず、是は其凡をいふのみ。ちゝみはくぢらざし三寸を定尺とす績はじむるより織おろし■しあげて端になすまでの苦心労繁おもひはかるべし。(中略)
縮をおる処のものは娶をえらぶにも縮の伎を第一とし、容儀は次とす。このゆゑに親たるものは娘の幼より此伎を手習するを第一とす。十二三歳より太布をおりならはす、およそ十五六より二十四五才までの女気力盛なる頃にあらざれば上品の縮は機工を好せず、老に臨では綺面に光沢なくして品質くだりて見ゆ。貴重の尊用はさら也、極品の誂物は其品に能熟したる上手をえらび、何方の誰々と指にをらるゝゆゑ、そのかずに入らばとて各々伎を励む事也。(後略)
○機婦の発狂
ひとゝせある村の娘、はじめて上々のちゝみをあつらへられしゆゑ大に喜び、金匁を論ぜず、ことさらに手際をみせて名をとらばやとて、績はじめより人の手をからず、丹精の日数を歴て見事に織おろしたるを、さらしやより母が持ちきたりしときゝて、娘ははやく見たく物をしかけたるをもうちおきてひらき見れば、いかにしてか匁ほどなる煤いろの暈あるをみて、母さまいかにせんかなしやとて縮を顔にあてゝ哭倒れけるが、これより発狂となり、さまぐの浪言をのゝしりて家内を狂ひはしるを見て、両親娘が丹精したる心の内をおもひやりて実になきけり。見る人々もあはれがりてみな袖をぬらしけるとぞ。友人なにがしがものがたりせり。
○御機屋
貴重尊用の縮をおるには、家の辺りに積もりし雪をもその心して掘すて、住居の内にてなるたけ姻の入らぬ明りもよき一間をよくく清め、あたらしき筵をしきならべ四方に注連をひきわたし、その中央に機を建る、是を御機屋と唱へて神の在がごとく畏尊ひ、織人の外他人を入れず、織女は別火を食し、御機にかゝるときは衣服をあらため、塩垢離をとり、盥漱ぎことぐく身を清む、日毎にかくのごとし。紅潮をいむ事は勿論也。(後略)
○縮を■す
(前略)
晒人は男女ともうちまじり身を清める事織女の如くす。さらすは正月より二月中の為業也。此頃はいまだ田も圃も平一面の雪の上なれば、たはたの上をさらし場とするもあり、日の内にさらし場を踏へしたる処あれば、手頃の板に柄をつけたる物にて雪の上を平かにならしおく也。かくせざれば夜の間に凍「しみ」つきてふみへしたる処そのまゝ岩のごとくになるゆゑ也。晒場には一点の塵もあらせざれば、白砂の塩浜のごとし。さて白ちゝみはおりおろしたるまゝをさらす、余のちゝみは糸につくりたるを拐にかけてさらす。その拐とは細き丸竹を三四尺ほどの弓になしてその弦に糸をかけ、拐ながら竿にかけわたしてさらす也。白ちゝみは平地の雪の上にもさらし、又高さ三尺あまり長さは布ほどになし、横幅は勝にまかせ土手のやうに雪にてつくり、その上にちゝみをのばしならべてさらすもあり、かくせざれば狗など踏越てちゝみをけがすゆゑ也。こゝに拐をならべてさらしもする也。
(中略)
さて晒しやうは縮にもあれ糸にもあれ一夜灰汁に浸しおき、明の朝幾度も水に洗ひ絞りあげてまへのごとくさらす也。貴重尊用の縮をさらすはこれらとはおなじくせず、別にさらし場をもうけ、よろづに心を用ひてさらす事御機をおるに同じ。我国にては地中の水気雪のために発動ざるにや、雪中には雨まれ也、春はことさら也。それゆゑ件のごとく日にさらす晴のつゝく事あり。さて灰汁にひたしてはさらす事、毎日おなじ事をなして幾日を歴て白々をなしたるのちさらしをはる。やがてさらしをはらんとする白ちゝみをさらすをりから、朝日のあかくと昇て玉屑平上に列たる水晶白布に紅映したる景色、ものにたとへがたし。
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