秘境檜枝岐 - 013/013page
高倉宮についての伝説…………………………御前梨(ごぜんなし)
治承四年(一一八○年)字治川の戦に敗れた高倉宮は、実は戦死したのではなく従者と秘かに中仙道を下り沼田から尾瀬を経て檜伎岐に落ちのびて来たと言われ、当時の村長、勘解由の家に泊り後に越後に向われた。その時梨の実を御前に差上げたと言うことでその木を御前梨と呼ぶようになったと言うことである。高倉宮についての伝説……………安宮清水(あんきゅうしみず)
高倉宮が勘解由の家に滞在中に附近の木陰で涼をとっていた折、供の一人が冷たい清水をみつけ宮の渇きをいやす為に差上げたということでこの清水を安宮清水と呼ぶようになり、今日でも当時と変らぬ清らかな水が湧いている。