のびゆく南郷村-047/087page

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(2)村の中心山口地区
▲120年くらい前の山口地区
▲120年くらい前の山口地区

今から170年ほど前の山口(板橋・台・北原は、ふくめない)は、家数27けん、農家ばかりの村で、三方口よリ南にはあまり家はなく、田畑になっていました。
古い石の道しるべのある三方口には、田島、若松、江戸や只見や古町へ行く分かれ道だったので、今から110年くらい前から通る人が多くなりました。また、学校、役場や郵便局、国や県の役所ができると、ほかの地いきから来る人も多くなりました。
駒止峠をバスや車が通るようになると、集まる人はいっそう多くなりました。おおぜいの人たちが集まるようになると、旅館・飲食店やいろいろな商店のほかに銀行もできて、南会津郡西部の中心地になりました。住む人も多くなったので、住宅は山口の南の方にふえました。
車の交通量も多くなったので、平成元年(1989)には三方口のバイパスとして山口トンネルが開通したり、道路のはばを広げたりする工事がすすめられています。

▲今の山口のようす
▲今の山口のようす

▲三方口の道しるべ
▲三方口の道しるべ

右  立岩・上州道
正面 これよリ川じり伊北越後道
左  田島・若松・江戸街道

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