わたしたちのきょう土 只見町-118/130page

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只見町のあゆみ
年号 町のできごと 参考事項
明治元年(1868) ・寺子屋式の教育がおこなわれていた。 ・年号が「明治」となる。
・平民に「名字」をつけることができるようになる。
・このころの子ともはお寺や家で習字やそろばんを習っていた。
明治2年(1869) ・伊南川が大洪水となる。 ・伊南川は「暴れ川」というあだ名があり,村の人々は,洪水になやまされつづけた。
明治3年(1870) ・暴風雨で大洪水がある。 ・若松県・福島県・白河県ができる。
明治4年(1871) ・只見川・伊南川の大洪水がある。 ・若松県・二本松県・いわき県がおかれる。
・初めて紙幣が発行される。
明治5年(1872) ・大倉に郵便取リ扱い所ができる。 ・太陽暦となる。
・東京~横浜間に鉄道がひかれ汽車が通る。
明治6年(1873) ・小学校ができる。 ・男はまげを切ることになる。
只見小(菅家一十郎宅から長福寺) ・学校は4年生までだったが,通える子どもは少ししかいなかった。
黒谷小(竜泉寺) ・「徴兵令」ができる。
梁取小(成法寺)
明治7年(1874) ・市沢ロ柑・滝原村が合併して,坂田村となる。 ・村の人口は,4,150人ぐらいだった。
・梁取小が小林に移る(新福寺)
・石伏・蒲生・塩沢・布沢に分教室ができる。
・塩ノ岐の子どもは和泉田小に通う。
・布沢・叶津に郵便局ができる。
明治9年(1876)   ・3県がまとまって「福島県」となる。
明治10年(1877) ・二軒在家・熊倉に出張校がてきる。 ・東京大学ができる。
・マッチが使われはじめる。
・泥島村が亀岡村と名をかえる。
・下荒井・上荒井村が合併して福井村となる。
明治11年(1878) ・村会議員が選ばれる。  
明治12年(1879) ・会津が南北にわかれ,「南会津郡」ができる。 ・エジソンが電灯を発明する。

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