わたしたちの原町市-082/099page
野馬のすんでいたころ(120年前ころ)
明治
120年前まで
高松(いまの藤倉ゴムのあるところ)の県道にそって,いまでも大きな松のなみ木がのこっています。
いまからおよそ120年前ころまでは,この松なみ木のつづく道を,とのさまがかごにゆられて通りました。そのころ,新田橋から南の道にそって店がたちはじめました。それが,いまの小川町や本町です。
本町から南のほうは,いちめん野馬原で,いまの四ツ葉通りのかどと,羽山岳のふもとに木戸がありました。
木戸には,木戸もりがいて,野馬に水や食べものをやり,野馬をまもっていました。野馬土手にかこまれたところに馬がはなしがいされていました。いまは町の中心になっている原一小から旭公園あたりもぞう木林で,野馬が水をのんだ小川も大町や栄町,橋本町などを通って流れていました。
・野馬原の野馬がとりつくされる。(1872年)
・いまの石神や大甕,太田に小学校ができる。(1873年)
いまものこっている松なみ木(高松)
むかしの大甕小学校
(しゃしんは,昭和になってからのもの)
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