わたしたちの郷土楢葉町 楢葉町小学校社会科教師用資料 - 089/110page

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2 村むらの堤と用水路

 町内には大小数多くの堤がある。これらは開田事業に伴ってつくられた。上繁岡・下繁岡・山田岡に大堤があるがなんどとなく修理された。

 用水路も堤と同じく開田事業に伴って、水田用水や消防用水など多くの利用目的によってつくられた。
井出川から引水して上繁岡・繁岡・下繁岡を潤す用水路と、木戸川から引水して上小塙・下小塙・前原・山田浜を潤す用水路・大谷・北田の用水路は3大用水路である。

 現代の用水路はコンクリート製品で丈夫につくらているが、昔は素掘りのため少しの雨にもこわされ、これらの修理や管理に村や農民の負担が大きかった。毎年春と夏の年2回、いがり・いざらいといって関係部落民総出て用水路の手入れをしている。

 我田引水という言葉がある通り、わが田に水を引くことは尋常一様でなく、夜寝ず水取りに行った。水取りとは他人の田に入る堀のせきをはずして水を入らなくして、自分の田に水をもってくることをいう。そんなとき丁度その田の人が来合わせると大けんかになり傷を負うことも度々あった。水けんかといった。

 楢葉町の地図をみると、大字井出は井出川に沿って立石部落まで細長く伸びていることに気付くであろう。このことは、用水水利権を示すものである。井出川から引水する上繁岡と下繁岡は毎年水争いが絶えなかった。

(松本松寿)


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