教育福島0007号(1975年(S50)11月)-047page
わが校のほこり
郡山養護学校
本校は、昭和三十七年し体不自由児を収容する養護学校として、東北六県の最先端をきって設置された。以来、昭和四十一年高等部を新設、義務課程二百八名、高等部七十五名の卒業生を送り、社会復帰への原動力となってきた。
あさか野を流れる逢瀬川の辺りに、鉄筋コンクリート平家建ての六千三十五平方メートルの校舎は、異色のものであり、教育の特殊性を現している。
本教育は、決してはでなものではなく、人間生活の当たり前のことを、当たり前にできるための教育であり、その一端として養護・訓練がある。全教科全領域の中に取り上げられ、し体不自由児の欠けるものを補う指導である。その結果として、車椅子バスケット全国大会には、毎年代表選手を送り、昨年全国身障者スポーツ大会砲丸投げにおいて金メダルを得た選手等を輩出している。
また、教育形態は多岐にわたり、普通学級、重複障害学級、療育園(医療と施設)内のベット学級とあり、寄宿舎、療育園、自宅から通学をしている。子供たちが、治療・訓練を受けながら障害を克服し、「明るく、正しく、たくましく」(校訓)生きようとして努力する姿は、まことに尊いものがある。
養護学校の義務制施行は、昭和五十四年から実施される運びであり、目下それに向かって大きく躍進を遂げようとしている。
全とう平家建ての校舎
運動会風景(松葉づえ班)
運動会風景(車いす班)
154m廊下(養護・訓練に活用)