教育福島0035号(1978年(S53)10月)-008page

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

はできない。なんとかして独立の学校にしてほしいというのが関係者の願いであったようである。

その念願は、昭和三十五年この学級が県に移管され、福島県立養護学校となって実現した。

昭和三十七年郡山養護学校が設置され、平校はその分校となったが、昭和四十五年独立して現在にいたっている。

 

4)病・虚弱児の教育

病・虚弱児教育は、社会の変動や医学の進歩によって特徴的な変遷を経てきているようである。

その第一は、昭和二十四年に設置された喜多方一小を始め、坂下小、二本松小などの戦後の虚弱児教育のための学級である。次は、須賀川市の国立福島療養所、国立郡山病院、県立大野病院、公立藤田総合病院、竹田綜合病院内に設置された特殊学級である。

この学級は、初め主として結核のため入院している児童生徒を対象としていたが結核児が減少し、大野病院、藤田病院の学級は閉鎖されてしまった。

しかし、その後他の病院には慢性、進行性の病弱児が増加してきた。

昭和四十八年、国立福島療養所の特殊学級は、県に移管され、県立須賀川養護学校となり、本年度、郡山病院、竹田病院内特殊学級はその分校となった。

須賀川養護学校では、更に精神薄弱、肢体不自由、病弱等の重複障害をもつ、重度の障害児を教育対象とし、ますますその内容が複雑となってきており、その教育方法の開拓に努力しているところである。

 

5)言語障害児、情緒障害児の教育

言語障害特殊学級は、昭和四十三年、福島四小、橘小に設置されて以来、二十一学級となり、その実績は高く評価されているところである。

情緒障害特殊学級は、県内に四学級設置されているが、その障害の内容は複雑多岐にわたり、今後の研究に期待することの多い分野である。

 

(二) 盲・聾・養護学校の現在と将来

 

現在、盲学校は一校のみであり、小学部・中学部・高等部の全児童生徒あわせて百四名が就学している。高等部は普通科と保健理療科に分かれ、専攻科として理療科も設置されている。

聾学校は、一つの本校と三つの分校があり、本校には幼・小・中・高の四学部、各分校は幼・小の工学部からなっている。従って、各分校の小学部を卒業した者は、自宅より通学するか、あるいは本校に併置されている盲ろうあ児施設に入園しながら、本校中学部に入学し学習を続けることになる。

養護学校については、県立の養護学校−本校六校 分校四校、市立の養護学校が三校、国立が一校の計十四校となっている。学校種別としては、精神薄弱児養護学校が、国立・県立・市立あわせて八校、肢体不自由児養護学校(県立のみ)病弱虚弱児養護学校三校(県立のみ)となっている。なお、昭和五十四年度の養護学校教育の義務制化の実施にともない、二つの県立養護学校の新設が確定しており、現在着工の運びになっている。一つは福島市に新設開校される大笹生養護学校(仮称)であり、もう一つは石川町に設置される石川養護学校(仮称)である。

更に、近い将来郡山市といわき市に精神薄弱児養護学校が設置される動きが強まっていることも付記しておく。

 

(三) 養護学校教育の義務制施行

 

すべての国民に等しく能力に応ずる教育の機会を保障することは、国や地方公共団体の重要な任務である。

従って、通常の学校教育の指導方法や就学形態には適応できない、さまざまな心身の障害をもつ者に対しては、それにふさわしい教育の機会を確保しなければならないこととなる。

学校教育法においては、このような心身障害児を受けとめる教育の場として、盲学校、聾学校及び養護学校並びに小・中学校の特殊学級の設置を規定している。

盲学校、聾学校及び養護学校は、義務教育の学校として定められているが、養護学校だけは、今まで義務教育の施行が延期されていた。

養護学校教育の義務制施行は、関係者の悲願であったが、いよいよ昭和五十四年四月一日から実施されることになった。

以下、学校教育法制定以来、養護学校義務制施行に至る経過を述べることとする。

 

1)盲学校、聾学校の義務制実施

盲学校、聾学校については、戦前に「盲学校及び聾唖学校令」が施行されていたこともあり、学校教育法施行の時点で既にすべての都道府県に設置されていた。

このため、戦後の荒廃によって施設設備等教育条件はじゅうぶんではなかったが、関係者の熱意と努力によって昭和二十三年度から学年進行、つまり一年ずつ上積みしていくやり方で義務制が施行され、昭和三十一年度で盲学校、聾学校の義務教育は制度的に完成をみたわけである。

その後、「義務教育費国庫負担法」の適用、「盲学校、聾学校及び養護学校への就学奨励に関する法律」の制定等、一連の学校設備充実にかかわる特別法によって、その内容も充実し今日に至っている。

 

2)特殊学級教育の進展

養護学校は、学校教育法に新たに規定された学校であり、当時は全国的にみて皆無に等しく、実体のない学校であった。

養護学校義務制への経過にさきだって、養護学校の母体ともなった特殊学級について述べる必要がある。

戦前、小学校に設置されていた特別学級は、戦争末期になってその多くが学級閉鎖のやむなきにいたっていたが、盲学校、聾学校の独立校と違って、終戦後もただちに正常復帰というわけにはいかなかった。

文部省は、学校教育法を施行するにおよび、各都道府県に特殊学級の設置を要請したため、盲・聾教育以外の障害児教育、つまり精神薄弱、肢体不自由、病弱等の教育は、主として特殊学級において実施されてきた。

 

 

 


[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

掲載情報の著作権は情報提供者及び福島県教育委員会に帰属します。