教育福島0035号(1978年(S53)10月)-007page

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図1 盲学校・聾学校児童生徒数の推移

 

幸一先生は、その設置について次のように述べておられる。

 

幸一先生は、その設置について次のように述べておられる。

「……当時、福島師範では、小沢恒一附属小主事が新教育の旗のもとに、優秀児、劣等児に対する教授作用について研究を始められ、他に先んじて優秀児の研究学級を設置し、次いで劣等児を対象とする特別学級を設置された。……小沢主事が母校早大に転ぜられた後、野口彰主事が特別学級の育成に当たられた。……先生は、いつも『この学級があるということそれ自体が、教育精神のあり方を教えるものである』といっておられた。」

このように関係者の熱意と研究的な実践によって、この学級の実績はあがったが、太平洋戦争がし烈になるに伴い昭和十八年に閉鎖され、その成果が県下の小学校に普及されることなく中止されたのである。

戦後、最初に特殊学級を設置したのは、白河市立白河第三小学校で、昭和二十四年のことであった。創設当時の校長近藤毅二先生(現棚倉町教育長)は、その開設について次のように述べておられる。

「私が白河三小の校長として赴任したのは、敗戦直後の昭和二十一年四月であった。当時、児童の学力差の甚しいのに驚いた。最初、学級内でA・B・Cの三段階のグループ指導を実施したが、半年程で担任が音をあげてしまった。次に考えたのは、一学年を能力別学級編成で、それぞれの学級、学力に応じた内容と指導法を実施することにした。しかし、良く観察していると最低のクラスでもついていけない者が半数くらいいた。これについては、別な方法でなければと考え、特別な学級を設けて、特殊な指導をしてみようと考えた。」

つまり、単に学力不振児に対する能力別編成の一学級ではなく、教育内容方法も特別な手だてが必要である精神薄弱児のための学級だったといってよいだろう。

その後、ほぼ同様の考え方にたって二本松小、小名浜一小、福島四小などに設置され、昭和二十年代から昭和三十年代の特殊学級設置は散発的ではあったが、悪条件の中での実践は、今日の養護教育の基礎を固めたものといってよい。

一方、精神薄弱児の教育で忘れてならないのは、精神薄弱児施設内に設置された特殊学級である。

この学級で最初のものは、昭和二十七年、県立大笹生学園に設置されたものであるが、その年は担当の教員が派遣されず、大笹生学園に主事として赴任されていた白河三小特殊学級創設当時の担任小林貢先生が、大笹生小学校講師の兼任辞令によって発足している。

その後、桜が丘学園、東洋学園、安積愛育園、ばんだい学園等が設置されるに及び、それぞれ特殊学級が併設され、学級数に応じて小・中学校教員が派遣されている。

昭和三十年代後半から特殊学級は年々増加し、昭和四十年度には、小学校八十学級、中学校四十二学級となっているが、その後の推移は図2のとおりである。

 

図2 特殊学級数の推移

 

昭和四十年の福島市を皮切りに喜多方市、相馬市に市立養護学校が設置された。

 

特殊学級が増設されるにつれ、軽度と中重度の障害をもつ者が混在すること中・重度の障害をもつ者が混在するこの必要性が叫ばれ、昭和四十年の福島市を皮切りに喜多方市、相馬市に市立養護学校が設置された。

その後、養護学校義務制施行の予告政令が公布されるに及んで、前述の施設内特殊学級を県立移管し、養護学校の整備を急いでいる状況である。

 

3)肢体不自由児の教育

この教育の発祥は平市の福島整肢療護園で療養している肢体不自由児のために、昭和二十八年、平第四小学校、昭和三十年、平第一中学校の特殊学級として設置されたものである。

しかし、学級ではとても満足な教育

 

表2 盲・聾教育略年表2)

 

年月日事項
昭22・3・31学校教育法公布
 23・4・1義務制実施に伴い福島県立盲ろう学校と改称、盲の高等部設置
郡山、会津、平の三市立校、県立移管となりそれぞれ分校とする
 24・11・21三分校に聾部新設
 26・4・1聾の高等部設置(福島)
 28・4・1三分校独立校となる
 35・4・1学則改正により、盲ろう学校を盲学校、聾学校と分離改称
 41・4・1福島聾学校幼稚部設置
 42・4・1郡山聾学校幼稚部設置
 43・4・1平聾学校幼稚部設置
 48・4・1会津聾学校幼稚部設置
 50・4・1県立郡山、会津、平盲学校を廃止し、福島を本校とし、他を分校とする
県立福島、会津、平聾学校を廃止し郡山を本校とし、他を分校とする
昭53・4・1県立盲学校三分校廃止本校に統合

(海野昇雄著「福島県特殊教育史」より)

 

 

 


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