教育福島0035号(1978年(S53)10月)-010page

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(3) 就学猶予・免除数

 

(4) 特殊学級の推移

 

(4) 特殊学級の推移

 

二十年代の特殊学級教育は、関係者が期待したようには順調に発展しなかった。

 

しかし、特殊学級の設置基準や対象児の入級基準、盲・聾・養護学校対象児との関係、教育内容など教育の実際上の問題が不明瞭のままであり、昭和二十年代の特殊学級教育は、関係者が期待したようには順調に発展しなかった。

昭和二十年代は、このようなことから障害児の教育に気概と熱意をもつ教師や保護者のいる地域に散発的に設置されるのみであり、特殊学級の性格も障害の種別ごとに置かれるべきものが、いくつかの障害児をいっしょに入れる混合学級であったり、単に普通学級で取り扱いの困難な者を入れるとか極めて複雑な実態であった。

その後、心身障害児施設や病院内にも特殊学級が設置され、本来、養護学校対象児である者も特殊学級で教育を進めてきたというのが実情である。

この時代に設置された特殊学級が散発的であり、性格が不明瞭であったとはいえ、困難な条件の中での教育実践は、戦後の心身障害児教育の土じょうを培ったものであり、養護学校設置の気運もこの中で盛り上っていったといっても過言ではない。

 

3)養護学校義務制への道

前述のように学校教育法には、養護学校の規定を見ながらも、国や都道府県の施策は、特殊学級教育の育成に主として向けられており、養護学校の設置は、昭和二十年代にはほとんどすすまない状況であった。

このように養護学校設置がすすまなかったのは、養護学校の義務制が未施行のままであり、たとえ、都道府県が養護学校を設置しても義務教育諸学校にはいらなかったため、義務教育費国庫負担法等の国の負担や補助をきめた諸法の適用対象にならなかったことがあげられる。

昭和三十一年、養護学校の速やかな義務制施行を目標とし、その設置促進を目的とした「公立養護学校整備特別措置法」が制定公布されるにおよんで各地に県立、市立の義護学校が設置され、肢体不自由児施設内特殊学級、病院内特殊学級が養護学校となった。

文部省は、昭和三十七年「養護学校の計画的設置に必要な予算措置」(毎年十六校)、昭和四十四年「未設置県解消を目途とした養護学校整備五か年計画」(毎年十八校)などの諸施策を打ち出してきた。

昭和四十四年には、特殊教育総合研究調査協力者会議から「特殊教育の基本的な施策のあり方について」報告が出された。

この報告の内容は、これまでの養護教育の反省と国内外の動向から問題提起をし、今後の施策を考える基本的原則と施策を具体化していく場合のおおまかな方向に関するものであった。

また、昭和四十六年の中央教育審議会からの「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」の答申では、養護学校の義務制を実施するため、国は速やかに行政上、財政上の措置を講ずる必要のあることを指摘している。

文部省は、これらの趣旨に沿って、昭和四十六年九月三十日「特殊教育拡充整備計画要綱」を策定発表した。

これは養護教育の振興を図るために昭和四十七年度を初年度とする特殊教育機関の整備と財政的措置の計画であり、養護学校設置については七年間、つまり昭和五十三年度が最終年度になるわけである。

以上のような国の施策やこれを受けての都道府県の養護学校設置状況からも、義務制施行の機は熟しつつあったといってよい。

また、長年にわたる先人の苦心と経験及び心身障害児教育をとりまく諸学問の発達、社会の理解度の深まりは、すべての子供に教育をという理想実現も決して夢ではない情勢漸進の原動力となった。

こうした気運の中で文部省は、昭和四十八年十一月二十日、政令第三三九号をもって「学校教育法中養護学校における就学義務及び養護学校の設置義務に関する部分の施行期日を定める政令」を公布し、昭和五十四年四月一日を養護学校義務制施行の期日としたわけである。

これによって心身障害児の教育も、小・中・高等学校と同一体系で制度的に完成することとなり、義務教育の全面実施が実現することになる。

 

4)養護学校教育義務制の内容

養護学校教育義務制の内容は、就学義務に関する事項と設置義務に関する事項の二つである。

就学義務に関する事項は、学校教育法第二十二条第一項及び第三十九条第一

 

 

 


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