教育福島0055号(1980年(S55)10月)-025page
実際の授業案の一部を掲げる。
この学校の重複障害学級における授業の展開の枠組みは、おおよそこれと類似のものが多かった。
指導に際しては、「常に快的と感じるような刺激を与え、わずかでも運動を自発するよう直接経験学習を取り入れ、教師はそれを側面から援助する」を基本にすえているとおり、この授業案にもそれがよく表われている。
しかし、常に快的と感じる刺激を与えるだけで十分なのだろうか。例えば指しゃぶりやブラインディズムなどのいわゆる常同型動作の固定した反復について考えてみると、放置された状況にある者はあくことなくとめどなくつづく状況が多い。周囲の者が気になってやめさせようとすると、泣いたり、おこったり機嫌をそこねるだけで、消去するのがむずかしい。なぜか、ここに潜む心理は、着なれた衣類は少々きつくとも脱ぎすてがたいし、使いなれた道具はがたがきても手離しがたいといったことに通ずる。
トランポリンにのせてゆすったり、大人二人で、足首と腕とをつかんで左右にゆするとよろこぶからといってゆすってやると、かえって「めまい」を固定させる危険が潜んでいる。また、身体各部をくすぐって、反応を活発にさせるというねらいのもとに、実践している教師もあるが、くすぐりに応じて体をよじったり、手足をばたつかせたりすることは確かだが、このときの反応は、筋緊張が強く。それだけに粗大な調整による行動であり、刺激と反応との関係が一対一の固定的な結合であり、その運動に方向性がないということが問題である。
寝たきりの児童生徒の場合、その子の年齢が乳児期を脱していても、指先がかじかんだようになっており、腕は縮んで、肩から胸のあたりで宙に浮いた状態にあり、その運動の範囲が極めて限定されているのが一般的である。このような手の状態から、伸ばして物をつかみ→持ち→すべらせる→触る…といった方向での訓練の積み重ねの必要が考えられてくる。
次に、授業案によると、カセット、テープコーダーによる音楽の使用が三回行われている点について述べる。
1)学習の雰囲気をもりあげる
2)曲に合わせてタンブリンをたたく
3)軽快な出をかけながらトランポリンをゆする
音楽の用い方には、雰囲気づくりとリズム打ちとがあることがわかる。
楽音の流れとひとの気の動き(気が晴れる、おちつく、沈むなどというときの「気」である。)とはなにか密接な類似があって、たがいにひびきあう関係にあることは、各人の実生活のうちに思いあたることであろう。つまり、音楽とは、この類似をもとにして気の動きを音であらわしたものなのである。
例えば、楽しいときに、長調のはずむようなリズムによってその気分を一層高めたり、怒りをぶつけたいときに静まるような音の流れにかえて気持ちのバランスをとりなおすなどがこれを裏づけてくれる。1)の場合、この関係を活用したものにあたる。
2)の場合はどうだろうか。
音楽の勉強の方法の一つとして、
1聞き 2ポン 3テンポというのがある。これは、
1 聞き−幼ないときからよい音楽の流れに十分身をひたすことからはじめて(受信行動)
2 ポン−やがてその聞きなれた音楽の流れを下敷きにして、自分で声なり楽器なりで演奏し(発信行動)
3 テンポ−自分自身もそのつくりだされた音楽の流れを聞き(自己受信)、更に音楽をよく身につけた大人にも聞いてもらい(他者及信)、これらの受信発信をくりかえしながら、しだいしだいに自分のうちになりひびく音の流れの動いていくすがたを、よいテンポに整えていくようになる。
という内容を含んだものと解する。
授業において、上肢の運動機能の向上をねらいとして位置づけを実施しているが、同時に左記のような内容についても課していることになる。四の(一)において、「教育は、子供自身の生命活動の躍動、躍進をちょうどよい時期に適切に、適度に助けて、そのときそのときの充分な開発の実現を期することにある。」という考えを引用しておいた。上肢の訓練としてその前にしなければならないことはないだろうか。
指導に当たって教師は、まず、指導対象である児童生徒一人一人について、それぞれの個体特性並びに経歴特性をよくつかみ、その時点における学習課題を明確にしておかなければならない。学習課題内容もそこから精選されてくる。そして、学習内容が初期の状態にある児童が、行動を強化したり、拡大したり、分化させたりするといういわゆる学習活動に生命活動の全勢力を集中させることがあっても、そう長い時間持続するものではない。教室における指導において、課題を並列的に時間の経過にそって課すという方法も検討を要するのではないだろうか。
ここに転載した授業案の対象児とはちがう児童(ダウン氏症候群と白内障を合併した重度の精神薄弱)に対する排尿行動形成に関する指導案の例を次にあげておく。
指導の重点として、1)A、D、Lの自立、2)探索活動の促進、3)粗大運動の強化、拡大、分化があげられている。
そのうち、1)A、D、Lの指導案にあたるものである。学習とは、本来、現実の生活場面で解決をせまられている問題に含まれたとき、はじめて実現して身につくものであろうから、食事や排泄などは課題として位置づけやすい。また、適時、適切、適度な対処もしやすい。