教育福島0062号(1981年(S56)07月)-043page

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知っておきたい教育法令

 

判例紹介

 

一、事件の概要

水戸市立第五中学校教員Kは、昭和五十一年五月十二日午前九時ころ、同校体育館において、体力診断テストを実施するため係の生徒を集合させたところ、その一人であった同校二年生Sから「何だ、Kと一緒か」といわれたことに憤慨し、平手及び手拳で同人の頭部を数回殴打する暴行を加えたとして起訴された。

この事件は「愛のムチ」論議をよびおこし、裁判所の判断が注目された。

二、簡易裁判所の判断

水戸簡易裁判所は、昭和五十二年一月十六日の判決で「証拠を総合すると被告人はSの言辞及びその態度に立腹し、私憤にかられて右手拳で同人の頭部を強く殴打したことが明らかであるから、教育の目的のため説諭、訓戒としてとった補助手段として軽く叩いたと認めることはできない」として、Kに対して罰金三万円の有罪判決を言い渡した。Kはこれを不服として控訴した。

三、高等裁判所の判断

(一) 事実認定

控訴審の東京高等裁判所は、被告人の行為の態様を証拠に基づき子細に検討して、原判決がいう「頭部を強く殴打した」ことを認定するには証拠上合理的疑問がのこるとし、「被告人が同人(S)に対してなした言動としては……言葉で注意を与えながら、同人の前額部付近を平手で一回押すようにたたいたほか、右手の拳を軽く握り、手の甲を上にし、もしくは小指側を下にして自分の肩あたりまで水平に上げ、そのまま拳を振り下ろして同人の頭部をこつこつと数回たたいたという限度において、これを認定するのが相当である」とした。

また、被告人の本件行為の動機、目的についても、原判決のように、被告人がSの言動によって憤慨、立腹し、私憤にかられて暴行に及んだのではなく、「中学二年ともなった生徒に社会生活環境のなかでよく適応していけるような落ちついた態度を身につけさせるため、教育上生活指導の一環としてその場で注意を与えようとするにあったものと認めて差支えないものと考える」と認定した。

(二) 有形力の行使と暴行罪

本件被告人の行為は、以上の事実認定のとおり、はなはだ軽微なものであるが、判決は「この程度の行為であっても、人の身体に対する有形力の行使であることに変わりなく、仮にそれが見ず知らずの他人に対してなされたとした場合には、その行為は、他に特段の事情が存在しない限り、有形力の不法な行使として暴行罪が成立する」としている。すなわち、教員の生徒に対する有形力の行使は、当該行為が法令に基づく正当な懲戒権の行使と認められる場合には、刑法第三十五条(法令又は正当の業務に因り為したる行為は之を罰せず)により違法性が阻却されるが、そうでない場合には暴行罪が成立することになる。

(三) 正当な懲戒行為と有形力の行使

判決は、学校教育法第十一条が校長及び教員に許容する懲戒には、学校教育法施行規則第十三条に規定する退学・停学・訓告のほか「在学する生徒に対し教育目的を達成するための教育作用として一定の範囲内において法的効果を伴わない事実行為としての教育的措置を講ずること、すなわち事実行為としての懲戒を加えることも含まれている」とした。そして生徒の好ましくない言動について警告したり、叱責したりする時に、「やや強度の外的刺激(有形力の行使)を生徒の身体に与えることが……教育上肝要な注意喚起行為ないしは覚醒行為として機能し、効果があることも明らかである」から、懲戒の方法、形態として口頭の説教によるだけでは「微温的に過ぎて感銘力に欠け、生徒に訴える力に乏しいと認められる時は、教師は必要に応じ生徒に対し一定の限度内で有形力を行使することも許されてよい場合がある」そうでなければ「教育内容はいたずらに硬直し、血の通わない形式的なものに堕して、実効的な生きた教育活動が阻害され、ないしは不可能になる」から「有形力の行使と見られる外形をもった行為は学校教育上の懲戒行為としては一切許容されないとすることは、本来学校教育法の予想するところではない」と説示した。 (以下次号へ)

 

 

 


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