教育福島0091号(1984年(S59)06月)-029page
て、授業以外では全くコミュニケーションがなかった、というわけではありません。結構おしゃべりはしていたのです。ただ、養護教諭時代のように、本音をぶつけあって、ある時は意気投合してしまい、時間を忘れるほど話に夢中になる、ということが少なくなり、何となく淋しくて仕方がなかった、ということだったかもしれない、と今になって思います。
そんなこんなで、養護教諭としての仕事から離れ、授業を担当する教師になったことに対し、私は、自分の人生で最大の誤ちだつたのではないか、と悩んだわけです。できることならば、もう一度前の仕事にもどりたい、保健室のにぎわいの中に入って暮らしたい、と何度思ったことでしょう。
しかし、新しい仕事にも慣れ、自分の気持ちに整理がつきはじめると、徐々にそういう感情も落ちついていきました。考えてみれば、何よりも私自身自分の環境の変化についていけず、自分を見失っていたことが一番大きな理由だったと反省しています。生徒たちにとっては、私が養護教諭であっても、家庭科の教師であっても、同じように接してくるだけのことかもしれません。それを私は気づかずに、前の仕事にこりかたまりすぎていました。
今、本校の養護の先史をみていると、つくづく大変だなあと感じます。養護教諭として無我無中で過ごしてきた五年間の経験を、何らかのかたちで役に立てていきたいと考えるこの頃です。
(安達町立安達中学校教諭)
樹々の間で
酒井 哲
「たおれるぞー」
「やったあー」
赤松林の中から聞こえてくる子どもたちの歓声である。直経十五センチメトルほどの太さではあるが、子どもたちにとってはじゅうぶんの手ごたえである。
本校では、五年前から、学校林の除伐作業に着手した。昭和三十六年から四十一年にかけて、約六ヘクタールにわたって先輩たちが植林したものである。
学校林のねらいは、
1) 先人の植林にかけた情熱を体得させる。
2) 自然に親しみ、愛護する精神を育てるとともに、森林及び緑化資源の重要性を理解させる。
3) 生まれ育った地域の森林を育て愛護することを通して、郷土に対する愛情を育てる。
4) 除伐作業等を通して、勤労の尊さ、意義を理解させ、正しい勤労観を育てる。
などである。
そのため本校では、正規の教育課程に位置づけ、春・秋一回ずつ、全児童で取り組んでいる。
一・二年生は、森林の観察、下枝おとし、三年生は下草刈り、四年生以上は除伐作業、小鳥の巣箱つけなどである。
最近は、バードウォッチングや森林浴などで森や林に入る人が多くなっているが、学校林の作業は一般の人が考えているほど楽なものではない。
急傾斜地をはい上がり、すべりおりたり、倒れた木につまづいてしりもちをついたりさんざんである。まして、前日に雨が降ったり、霧の日は、下着まで濡れてしまう。耐性の乏しい現代の子どもたちにとっては貴重な体験であるといえる。
少々のかすり傷にも、何もいわず、黙々と働く姿を見て、場を与えてやることの大切さを思う。
学校林は、石田合同所有林野管理会との造林契約によって成り立っている。四十年間の長期にわたる経営は、管理会のご指導と協力を受けなければやってはいけない。また、現在のPTA会員の中には、石田小在学時代、植林作業に参加された方もおり、積極的な協力をいただいている。
このように、地域の中に根ざした教育活動を行い、地区民から信頼を受けていることは、全ての教育活動にとってプラスに働いている。祖父・父・子の中に断絶は生まれないと思う。
雑木で薄暗かった松林も、すっかりからっとして、その間から、ツーピョー、ツーピョーという小鳥の声が通ってくる。教師、子どもの顔も汗にまみれてはいるが、満足気にさわやかである。
(霊山町立石田小学校教頭)
▲除伐作業の子どもたち