教育福島0099号(1985年(S60)02月)-007page

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

提言

 

〔筆者略歴〕

 

原田實 はらだみのる

 

大正十四年、神奈川県平塚市に生まれる。昭和二十八年、明治大学文学部を卒業。

昭和二十二年、国立博物館(現、東京国立博物館)に就職。編集室長、資料課長、資料部長を歴任、五十九年六月に退職。同年七月、福島県立美術館長に就任。

専攻は日本近代美術史。美術史学会、博物館学会、美術評論家連盟会員。著書に「近代洋画の青春像」「明治の洋画」「前田寛治」「岡倉天心」「美術散歩・東洋の美術」ほかがある。

 

そんなふうにのびていったのである。

 

しかし、美や真実に出会う機会をなくしたのは、じつは彼らだけではない。もし、そうした機会をもつことを余裕というならば、心の中から余裕が急速に失われていくのが現代の趨勢のようである。そうしてそれは、情報化社会の整備の進行と深く関連しているように思われる。

私たちの手元にとどく情報の量は、たいへんな勢いで増えつづけている。それらの情報が世の中の仕組みの効率をあげ、暮しを便利にするのは間違いない。だからこそ私たちは、情報化社会へ向かうスピードがあがればあがるほど、内面の成長の糧となる美や真実との出会いの機会を確保することに、いよいよ意を用いなければなるまい。ことに社会教育にたずさわる者には全力をあげてそれに取組むことが要請されていると考える。

 

すぐれた美術品を体系的に組織して観覧に供することを仕事とする私ども美術館の職員は、展示室を魅力ある出会いの場にするようさらに工夫を重ねなければならないが、有効性を高めるために、他の社会教育機関や学校とのいっそうの連繋を深めたいと望んでいる。

 

やはり何年か前、たまたま読んだ本で印象に強くのこっている一節がある。中世の羊飼いの老人にとって、世界はせいぜい四マイル四方にすぎなかった。現代のわれわれは一日で地球上のどこへでもゆく。しかし、だからといって生きる知恵においてわれわれが羊飼いの老人に勝っているとはいえない。というのである。知識の洪水の中で知恵の回復をはかるために、力を合わせてもっと多く出会いの機会を−−そうねがうものである。

 

 

 


[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

掲載情報の著作権は情報提供者及び福島県教育委員会に帰属します。