教育福島0121号(1987年(S62)06月)-027page

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Tという教師

吉田 和衛

ノいい、疲れを吹き飛ばすと言う。そんなTとの話を少し書いてみようと思う。

 

Tもやはり高校の教師である。今年で五年目になる。家が近いので休みにはよく遊びに来る。いろいろ話をしてゆく。やはり仕事のことが主になる。Tは、教師をしていて一番嬉しいのは生徒の笑顔に出会った時だと言う。生徒の笑顔は実にいい、疲れを吹き飛ばすと言う。そんなTとの話を少し書いてみようと思う。

 

結婚式に招待され、同席したかつての教え子の変わりようには驚かされました、と言ってやって来た時の話。高校時代の様子からは想像もできない明るい表情で、心のこもった挨拶をし、その後の生活ぶりを話してくれたというのである。あのころの彼は、教師の言うことなど聞く耳を持たぬといった横柄で粗野な、欠席の多い生徒だったと言う。私がそういうことはよくある話だと言うと、それにしても卒業後まだそれほどにもならないのに、あのように変われるものなのでしょうかとTは言う。そして更に、三年間ずっと彼の担任をした。その間、機会を捉えては繰り返し話をし、何度となく彼の家にも足を運んだ。なんとかしようと可能な限りの手を尽くしたつもりであった。しかし結局は、在学中、彼はなんら変わるところがなかった。だからあのころのことを思うとうれしい反面、あの時自分のしたことはいったいなんだったのかと考えてしまう。自分の無力さを思い、空しくさえなりますと言うのである。

そんなTを慰めることばはいくつもある。例えば、人はそう簡単に変われない。君の言ったことは通じていた。だがそうはしたくない年ごろであったのだとか。人は学校にあってだけ教育されるものではないのだとか。あるいは、教育の効を焦ってはいけないとか。しかし、その時私は何も言わなかった。そういう気休めをTは望まなかっただろうし、私も、今はTが素直に自己の経験不足を思うことの方が大事だと思ったからである。Tはその後で、自らに言い聞かせるように、それにしても生徒を評価するのは難しい。安易に決めつけたりしては大いに間違ってしまいますね、と言った。

 

もう一つ、これは最近の話。娘が読みかけにしておいた「イソップ物語」を見つけて、Tは、この中の「北風と太陽」という話には教師としての姿勢をいつも考えさせられますと言う。旅人に厚い外套を税がせたのは、冷たい北風ではなく暖かい太陽だったように、「暖かさ」は心にしみて強いもの。生徒たちに教師が大いに注ぐべきものもまたこの暖かさだ。暖かさが生徒の心を動かす、と教えられる。しかし、そのことを忘れて、つい、手っ取り早い方法を選んでしまう。そして、厳しく、厳しくと生徒たちに対する。暖かさに支えられていない厳しさなどは一時、その場を繕わせるだけだとわかっていながら、とTは反省するのである。そんな彼に対して私は、厳しいことは大事だ。厳しくするも優しくするも状況と相手によりけり、むしろその兼ねあいが大切などと言う。しかしこれは、現実的というだけで、Tの思いからはだいぶ外れてしまっている。Tは、暖かさや優しさ、善意といったものは誰の心にもあり、そして、互いに通じあえるものと信じている。生徒たちとの日々の活動も、そこを大事なよりどころにしてと考えているのである。

 

Tは私に、忘れかけていることを思い出させる。彼はこの仕事に一生懸命である。まだ若いので様々な問題を抱えて悪戦苦闘している。Tは、生徒の笑顔はこの上ない喜びだと言っていたが、私もよくわかるような気がするのである。

(県立安積女子高等学校教諭)

 

表紙写真について

ヤマシャクヤク(キンポウゲ科)

山林に自生し、直径四センチメートルほどの可憐なクリーム色の花が咲く。茶花として珍重されるが、花の命が短かくて、風を当てず、空中湿度を高めたりしても三日ともたない。赤花も僅かに見受けられる。(撮影地 福島市北部)

 

ハクサンコザクラ

(サクラソウ科)

高山の湿地の草原に生育するサクラソウ科の小さな草本で、初夏にピンク色の美しい花をつける。石川県の白山で発見されたので白山小桜と名付けられた。(撮影地 飯豊山)

 

チングルマ(バラ科)

高山の湿地に群生するバラ科の小さな落葉低木で、初夏に群生地いちめんに白色の花を咲かせる。花の後でメシベの先が伸びて多数の毛となるので、再び花が咲いたようになる。 (撮影地 飯豊山)

 

 

 


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