教育福島0126号(1987年(S62)11月)-023page

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随想 ずいそう

 

冬、春夏秋の四季

 

冬、春夏秋の四季

 

星尚子

 

の三つの季節は冬の前にその小さな姿を現わすかのように過ぎ去ってしまう。

 

南会津に冬の訪れは早い。春夏秋の三つの季節は冬の前にその小さな姿を現わすかのように過ぎ去ってしまう。

十一年前、この地へ向かう私を迎えてくれたのは、旧駒止峠の雪の壁だった。そして、出会った人はみな口をそろえて雪の厳しさを教えてくれた。それは、私が初めて迎える冬への心の準備をしておくようにという配慮だったのだろう。そのせいか、一日中降り続き、玄関の見えなくなった住宅の前に立ちつくすことが何度かあっても、「こんなもんではないな、もっと降るはずだ、もっと」と思っているうちに、初めての冬は終わってしまった。

 

私の生まれ育った地方では、雪は「掃く」ものであった。しかし、ここでは、「片付ける」という除雪作業となる。雪が降るたびに、張り切って雪を掃いた。下の土が見えるまで。いつの日か住宅へ通じる道は、雪の山の中に私だけが通れる道ができ、両側の雪の壁は私の背丈より高くなり、通路を作るために雪を投げ上げるのが難しくなってきた。「どうしょうか」と考えている時、近所の方が雪を踏んで玄関の前に雪の階段を作って見せてくれた。雪の中で暮らす様々な知恵も教えてくれた。「春はいいぞ」を繰り返しながら。

何度か冬を過ごしているうちに、他の季節の素晴らしさに気づいてきた。もちろん、周りの景色は毎年同じようにその姿を変えていたのだが、私に気づく心の余裕がなかったのだろう。

春の雪解けは川の流れから始まる。太陽の陽ざしばかりでなく、地熱の力の大きいことに驚く。木々の芽のやわらかい緑が山を包んでいく。山桜が強い桜色で咲き存在を現わしてくる。その頃、残雪の白と共に、三つの色の重なる所を見つけることができる。そんな時私は、単純に幸せを感じる。足元や目の前に「生きていたぞ」と自然が顔を出してくるように感じられるからかもしれない。

夏、山の木々の緑が濃く深くなってくる。雄々しい成長した青年のように。しかし、ぎらぎらした暑さの中で育ってきた私には、何かものたりない。暑くなるぞ、と思っているうちに夏は過ぎてしまう。涼しさを求めてくる旅行者とすれ違って暑さを求めて外に出る。

秋、風の冷たさを感じた時「きたな」と思う。周りを見ると、やはりそうだ。木の葉の色が変わり始めていた。早くなった夕暮れの中、町並みのない道を落葉を踏みながら車を走らせている時寂しくなくても寂しさが込み上げてくる。

 

私の見てきた四季は、ほんの一部にすぎない。しかし、ここでの四季の話の終わりはやはり秋だろう。そして、大きな冬からまた始まっていく。周りの景色を美しいなと思いながら旅人気分で車を走らせている時、ふと、本当の厳しさは、まだ分かっていないのではないかと思う。

(南郷村立南郷第一小学校教諭)

 

スピードスケート

 

スピードスケート

 

山根国愛

 

ではないが、私の出身地、北海道の釧路市では、花形スポーツの一つである。

 

「スピードスケート」は、ウィンタースポーツとしては、あまり華やかではないが、私の出身地、北海道の釧路市では、花形スポーツの一つである。

釧路市はスケートのメッカであり、スピードスケート、アイスホッケーに多数のオリンピック選手を出している土地である。小学校には、天然リンクがあり、授業にスケートが取り入れられている。私はスケートは不得手な方だったので、中学、高校時代は、ほとんどスケートを行うことはなかった。

大学時代から本県に御世話になるようになった。ふとしたきっかけで再開したスケートであるが、十九歳でやっとコツをつかみ大会にも出られるようになり、大学二年の時に国体の出場権を得ることができた。以来、今年まで八年間、県の代表を務めさせていただ

 

 

 


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