教育福島0134号(1988年(S63)10月)-051page

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世界の教育は、今。

海外教育事情の紹介

宗教と共に発展した学校教育

オーストリア

学校訪問地クレムスは、オーストリア北部を西から東へ流れるドナウ川の左岸にあたり、ウィーンの北西に位置し、人口約二万人の教育都市である。十世紀以来の旧市街とそこに続く新市街、そして、全体をとり巻くようにブドウ畑が一面に広がっている。旧市街の学校は教会と併設されており、宗教と共に学校教育が発展したことを物語っている。

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<P>理科の授業風景(レルヒェンフェルトリ小学校)
<P>オーストリアの教育制度
<P>小学校は四年生までで、その後、ギムナジューム(普通高校)の八年制と四年制のハウプトシューレ(中学校)に半々に振り分けられる。ドイツ語と算数の成績によって進路が決められ、大学進学のためには、高校終了後、マツーラという国家試験に合格しなければならない。教員の採用は、一年契約、五年契約そして最終契約と三回の契約制度により行われる。一度配置されると、ほとんど転勤はなく、同一校に勤務する。教員の一日当たりの勤務時間は四〜五時間であり、七時四十分始業で十二時四十五分には教員も児童も、下校する。途中に朝食タイムがあり、各人持ち寄った。パンやハムを食べながら休み時間を過ごす。その間、教員はワインを飲みながらの朝食である。退勤後は全くの自由で兼職、兼業をしている教員が殆んどである。教員の経験がなくとも管理運営能力にすぐれた人が校長に採用される。訪問した小学校の校長は市議会議員に立候補しており、挨拶もそこそこに遊説に出かけてしまったのには驚いた。
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明るく元気な子どもたち

授業を参観して

小学校はどのクラスも二十人程で、小人数学級の良さを生かした授業が多く、児童の考えをとても大切にしていた。一週間の授業時数が満たされれば、一時間の中で複数教科を組み合わせてもよく、児童の様子を見ながらOHPを利用し.転換させる工夫がみられた。小学校から外国語(英語)に力を入れており、話せる英語をめざしていた。文法などのこまごましたことではなく、ロンドンの市街をスライドで映し、道を尋ねたり、建物を説明する基本文をくり返し発音させ指導していた。中学校では、私たちが訪問すると、まず、、バイオリン、チェロ、ビオラの三重奏で大歓迎してくれた。ドイツ語、英語、数学は能力別にクラス編成されており、学年が進むにつれて進路が決定されるが、生徒には動揺はない。十四歳までは週二時間の宗教教育の時間があり、牧師さんによる授業も行われており、宗教教育によって社会性、道徳性、人間性が高められていることを強調された。校長の話の中で、「教師に自由があれば、子どもにも自由がある」「オーストリアで日本に輸出できるのは、音楽とワインだけである」とい「う言葉が印象的であった。

おわりに

一か月にわたり、オーストリア、スペイン、アメリカの学校を視察する機会に恵まれたが、いずれの国の学校も日本に比べると、校庭や体育館も狭く、教育機器の施設や設備が見当たらない。しかし、各国教師の教育にかたむける情熱はひしひしと感じとれた。

昭和六十二年度文部省海外派遣長期第三十一団田島町立◆沢小学校 教諭 月田 敏雄


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